年が明けてから一度もまだ会えていない。
オレもあいつも社会人3年目。
大学時代からの付き合いがずるずるとそのままつながり
週に1度の逢瀬が月に2度、月に1度と減ってきていた。


デパートのバレンタインディスプレイを横目に
あいつからの連絡が無いことに気が付く。
自分も多忙を理由にメールしないのに、
相手にそれを求めるのはおかしい、と
学生時代とは異なる社会人常識が、付き合いにも影響を及ぼす。

 
あいつが好きだと言っていた
デメルの猫舌チョコレートが売っていた。


女が男に渡すのがバレンタインだけど
逆があったっていいよな。


買った後、ふいに浮かれた気分になって、
そのままあいつの家に行く。
合鍵を持ち歩くのは負けたような気分になるので 
家に置いてあった。

  
安普請のアパートは、ほのかな灯りも中の物音も
耳を澄ませばすべてが手に取るように分かる。
目を閉じればあいつの部屋の間取りも、
妙なカーテンの柄まで思い出すことが出来る。

 
チャイムを押そうと思った瞬間、手が止まる。

 
はぁ・・・

ああっ・・・


あいつの声
オレが聞き慣れた声、
オレしか知らなかったはずの声がする。

 
あいつはまるで楽器のように
触れる場所、奏で方、強弱で、声を変えていく

 
その声は、乳首を吸われているだろう?
その吐息は、腰を抱かれているんだよな?

 
怒りと諦念が同時にこみ上げる
しょうがないと思うと同時に、許せない気持ちが湧き上がる
それなのに、勃起しているオレ、情けない。

 
どうしようもなく、タバコに火をつける。

 
緩急を繰り返すあいつの声 
オレが触れるより性急に高みに上っていく
小さな絶叫はあいつの中にオレじゃない誰かが入った印か?

 
ドアノブに手をかける


今、開けてしまえば、
あいつのせいにしてすべてを終わらせることが出来る
知らない、いや知己かもしれない誰かと繋がった間抜けな形で
快感に上気した顔でオレを見るだろう。
オレはあいつのすべてを憎むことが出来る。
だけど・・・。 


タバコをかなぐり捨て、足で踏み消す。
開けなかったドアノブに、そっと猫舌を引っ掛ける。


煙でいぶされたザラザラの舌、のどを鳴らして唾液を飲む。
猫のように、足音を消して踵を翻す。
誰が来たかをあいつは、タバコの銘柄で知るだろう。







                     ド ア ノ ブ