研究室で
白衣ばかりを見ているから
彼がどんな格好で来るかなんて
まったく想像がつかない。
でも
海への遠出デートだから、
彼がびっくりするような格好で行きたい。
白い日傘はシルク製。
実用に足るものではないけれど、
周囲を縁取るレースの豪奢さに
一目惚れして買ってしまった。
…傘から服のコーディネイトしたって、良いよね?
オードリーのようになりたくて、買ってはみたものの、
なんとなく普段では気恥ずかしくて、
袖を通すことが出来なかった
クラシックスタイルのワンピース。
ちょうちん袖にまあるい襟、薄い水色と白のたてボーダーに
青い太リボンを背中で結ぶ。
白いサンダルも今年初めて履いた。
くるりと回ってスカートを膨らませたら、
やさしい笑顔の自分が鏡にうつった。
可愛いかどうか、綺麗かどうかなんて
他人の目で決めるもんじゃない。
自分がどう思うかが、大事だよね。
そして、大好きな彼を、可愛くなった自分で、驚かせたい。
迎えに来た車の中の彼が、シルバーの眼鏡を一瞬上げて、
私をターゲットロックオンした。
白いシャツと紺色のチノパンの
制服すれすれの格好で降りてくる。
「いつもとぜんぜん違うから、別人かと思ったよ!」
ニコニコ笑う彼の顔がまぶしくて、まっすぐ見れない。
「…すっげ、かわいい」
おしゃれしてきた甲斐があったなニヤリ、と出来ればいいのに
肝心なところで上手く態度に出来なくて、足の爪先を見つめる。
ペディキュアを忘れたことに気がつく。
…やっぱり慣れないことをすると、
こうやってどこかにボロが出るのね。
助手席のドアを執事よろしく開けてくれる彼。
ふうわりと広がったスカートが
いつものガサツな足裁きを邪魔する。
彼の素直なお褒めの言葉に頬が染まる。
周囲に人が居るときは、絶対にかけてくれない甘い言葉を
これでもかと弾丸のごとく浴びせられて、
私は幸福のシャワーでびしょ濡れになる。
盛夏にはまだ早い、梅雨時の切れ間の晴れた平日。
周囲を見渡せば
遠くにぽつぽつと人影や犬の姿が見て取れる。
それでも誰も居ないに等しくて
防波堤に二人並んで腰掛けて
肩にさし掛けた日傘をくるくると回す。
彼の眼鏡のフレームがキラキラ
海の波間で光が反射してキラキラ
自分の日傘の柄が手の中でキラキラキラ
「潮騒みたいに、かがり火はないけどさ
オレんところにおいでよ」
海の方向を二人見つめながら
私はおとなしく彼の開いた両足の間に収まる。
リボンの腰元に彼の手がかかる。
背中のジッパーから、悪戯な手が忍び込んでくる。
日傘を閉じずに、自分の身体の前にかざす。
白いレースの間から、日光がキラキラキラ
震える手のまま、揺れるプリズムがキラキラキラ
「ん…白いシルク…?おそろい、だね」
柔らかな光沢を触感で楽しむ彼の手が喜んでる。
触れられる全てが貴婦人の嗜みと
口に出すのは憚られるけれど、気がついてほしかった。
賢しい彼の優しさが嬉しい。
吐息が首元にかかり、耳たぶを軽く噛まれれば
もう海は見えない。
その代わり
彼の指がペチコートの中で踊り
私の瞼の裏に、星が瞬きだした。
夜にはまだ早いからこの時間を楽しもう。
日傘が必要なくなったら、
明日も晴れるみたいだし、
なにもまとわずに一緒に明けの金星を見よう。
破 れ 傘 は 日 和 傘
(”暈の中に星が見えると翌日は晴れる”という意味)
注:暈(かさ)とは、太陽や月に薄い雲がかかった際に
その周囲に光の輪が現れる大気光学現象のこと。