彼は帰宅すると、何をおいてもすぐに風呂へ直行する。
乱雑に脱ぎ捨てたシャツ
日常に成り果てたボクサーブリーフ
一日中汗を吸っていた靴下
いけないと思いつつ、そっと、匂いを嗅ぐ。
心の準備を整えていても、せりあがって来る嘔吐感。
鼻腔に満ちる、えもいわれぬ体臭。
涙目になりながら、今日の彼の香りを確かめる。
そう、彼はワキガ持ち。
そして、わたしは、彼の匂いで発情する。
長身で見目良し、誰からも好かれるさわやかな笑顔。
巷に居る「イケメン」なぞ彼の足元にも及ばない。
けれど、そのビジュアルからは想像も付かないほど”彼は匂う”。
当然、彼は悩んでいるし、その体臭の激しさに
長続きしなかった恋もあったと彼はわたしに言う。
体臭を抑える鉱石、コロン、オーデコロン、香水
何をやっても、彼の身体から発せられる生のにおいを
「よい香り」に変えるものは無かった。
女性相手の営業職を捨て、男だらけの環境を職場に選んだ時
彼はある部分で、安らぎを得たとわたしに言う。
初めてのベッドイン、
彼はわたしに言った。
「オレ、くさいから、気に障ったら、まじごめん」
風呂上りに香る、彼のにおい。
それを嗅いだときから、
わたしは彼にしか性欲を感じなくなった。
悪臭だと思う。
夏場の満員電車で彼がそばに居たら、
多分10人中9人の女性が、彼がどんなに格好よくても、
この臭いはダメだというと思う。
だけど、きっとわたしは、彼に抱かれたいと即座に思う。
もっと近寄り、汗染みのついたシャツに鼻を寄せ
においを鼻で、身体で感じて、肌があわ立つだろう。
脱ぎ捨てられた下着、確かめることをやめることが出来ない。
彼のにおいを嗅ぐだけで、臭くて辛くてえずいてしまうのに、
どんどん身体が彼を欲しがり出す。
おなかの底が、空洞になっている。
ぱくぱくと、そこに収められるものを、待っている。
刺されたい。
突かれたい。
乳首は尖り、シャツの上からも分かるくらい、
敏感にその位置を主張する。
脚の間から、滑らかで粘ついたものが湧き出してくる。
いつもなら、自分の身体の変化に耐えられず
お風呂に飛び込んでしまうのに、
今日はタイミングがずれてしまう。
さっぱりとした顔で、風呂場から上がってくる彼の顔が硬直する。
・・・見られた!
「・・・おまっ・・・なにしてんだよ!!!」
鼻を寄せていた下着を引ったくり、洗濯機に投げ入れ
乱暴な調子で始動させる。
「オレが、女でも居ると思ってるの?」
「残り香なんてつくわけないだろ?」
「何疑ってんの?」
興奮した体と、困惑した心
「ち、がうの」
「何が違うんだよ、浮気したと思って、臭い下着チェックしてたんだろ?」
「・・・だ、から、ち、がう」
こちらに背中を向け、食卓に座り、黙って晩酌を始める彼。
熱く流れていた脚の間の滴りが、急激に冷たくなってくる。
「あ。たし、ね、 いままでいえなかったんだけど」
「何だよッ」
「すきなの」
振り向く彼。改めて、わたし、まじまじと見られてる。
それじゃなくても端麗な彼の顔を、彼の目を見れない。
「きに、してる、みたいだったから、いえなかったんだけど」
「何を?」
「におい、かぐの、すき、なの」
「え?」
「変だと思われるとヤダったからいえなかったんだけど
あなたのにおい、たしかにくさいのに、わたしだいすきなの。
かぐと、変な気持ちになっちゃってしたくなっちゃって、
一杯かぐと気持ち悪くなるのに、でも、すきなの。
いっつもお風呂でえっちするの、やじゃなかった?
におい気にしてると思ってた?
ちがうの、がまんできなくなっちゃってたの!!!」
しばし沈黙。
浮気を心配しないわけではないけれど、
それよりも彼の誤解を解くほうが先だった。
一気にまくしたてて伝えたとたん、はずかしくて、怖くて、
彼の顔をまともに見上げることが出来ない。
「こっち、来いよ」
そう言いながら、彼はどんどんわたしに近づいてきて
わたしの脚の間に手を入れた。
「・・・すげえな、いままでわかんなかったよ、風呂場だったしね」
わたしの大好きな彼の指が、私の感じるところを
ゆるゆると、確実に、刺激しはじめる。
それをされると、私は立っていられなくなって
下着だけ着けた彼の素肌に、腕に、しがみついてしまう。
「オレ、自分が臭いの、すごい気にしてるから
そんな風に、思いもしなかった」
どんどんあふれ出してくる熱い液
おなかの奥が、熱くなってくる。
ぎゅっと抱きしめた彼の、足の間のモノも、
硬く熱くなっているのが分かる。
「おまえ、変態だったんだな」
冷たい声。
拒絶された!
身体がこわばり、顔をつい上に上げてしまう。
そのとたん、彼が激しくキスをしてきた。
舐めまわされ、吸われ、噛まれて、
何ももう考えることが出来ない。
そのまま、立って、下の口にも激しく差し込まれ
わたしはおなかの奥で、大好きな彼を感じて揺れながら
も う 終 わ り だと、思っていた。
ひとしきりぶつかり合った後
満たされて、それでも、これで終わりなのだと思ったら
悲しくて涙が出てきた。
「何で、泣いてんの?」
「だって、へんたい、って言ったから。嫌われたなって。」
「こっち向けよ」
彼の方を向いたとたん、彼は笑いながら、
わきの下を私の鼻にくっつけてきた。
「くさいか?くせーだろ?汗かいたもんなー、
でもおまえ、好きなんだろ?
ほら、もう隠さなくてもいいよ、いっぱいかぎな♪」
激しく、くさかった。
多分、普通の状態だったら、吐いてしまうくらい。
でも、泣き笑いしながら、
わたし、彼の腕の中に飛び込んで
思いっきり彼のわきの下の香りを嗅いだ。
あー、よかった。わたし、幸せです。
雨 降 っ て 地 固 ま る