結婚して半年。
同棲というあいまいな形は嫌だからと、
一緒に暮らすなら入籍したい、と言った私。
彼は躊躇を見せた。
理由を語ろうとはしない彼の素振りから
別れを覚悟したその一拍後、
笑顔で言った「わかった」は
私にとっては最高の瞬間だった。
マリッジブルーなんて感じる暇も無いほどの
私からのプロポーズから転がりだした
慌しくも充実した日々。
式場探し、招待客選び、引き出物を考えて
準備万端整えて迎えた華やかなウエディング。
普段とは違う顔を見せる正装の友人たち、
双方の両親のこそばゆいような切ない笑顔。
新居を探し、新しい家具や調度を選んでゆく。
両方の家から、二人の荷物を運び入れた
がらんどうの空間は、ダンボールだらけだったのに
爽やかで満ち足りた未来を見ていた。
濃密な愛を交わすハネムーンはハワイで過ごし、
初めて観光を目的としない旅行の心地よさを知った。
すべきことが山積している中で
二人で立ち向かって居る時はほんとうに楽しかった。
そうして新婚旅行から帰り、二人きりの生活が始まった。
”愛”があっても
生活を営む中で、勝手が違うことはたくさんある。
それらを全て刷り合わせ、喧嘩をしたり話し合いをしたり
お互いの譲歩の段階を決めるのにも時間がかかった。
やっと、一息つけた、かな?
私も仕事を再開したから、家事は分担しようと決めて
休日の今日は私が掃除をする係。
カレンダーに細かく分担を書いて、
それを二人でこなしていく。
こうやって決めておけば、やらなかった方が悪いわけだし。
さほど広くも無い家は、
マメに掃除をすれば短時間で済む。
掃除機をかけ、軽く手すりなどを拭き上げ、
ごみをまとめていく。
トイレのレディースボックスの中に入っている
きらりと光るプラスチック包装が目に留まる。
おかしい。
ここだけは、私しか使わないから、
先月、終わった時に綺麗にしておいたはず。
今月はまだ来てないから、ごみが入るわけが無い。
何だか嫌な感じがして、指先でそれをつまみあげる。
「0.1mm うすうす」
薄緑色のラテックスが使用した後を物語っている。
瞬間、気持ち悪さと吐き気がこみ上げる。
取り落とした後、
なぜこんなものがここにあるのかを考える。
そして気がついた。
…私たち、旅行から帰ってから、一度も交わっていない。
高ぶった気持ちが赴くまま、
寝室でまだ穏やかな寝息を立てている彼に近づき
揺り起こして言う。
「どうして、ひとりで、するの?!
自分で全部処理してよね!・・・というか、
私たち、暮らし始めてから、全然してないじゃない。」
絶叫に近いその言葉は、
私が自分で自覚して出したとは思えぬほど
鋭い剣になっていた。
不意を斬り付けられた彼の顔は
今まで見た事の無い、恐ろしく冷えたもの。
「・・・どう、言って欲しいんだ?
全部オマエが望んだとおりにして居るのに
これ以上、オレを追い詰めないでくれ。」
どういうこと?
解からない。
私が今まで思い込んでいたものが
全て瓦解した音が、耳の奥で聞こえた。
0.1mmの境界線は
その実測より遥かに、私たちを隔てている。
0.1mm