no.38 友情

Girl's Party!




アニキが居なくなってから、
転がり込むようにして入居した冴羽アパート。


最上階に住む遼に、近づくように、居住フロアを変えて行く私。

 
何時ごろから
彼の洗濯物を全て洗うようになったのか、全く覚えていない。
気がついたら、アニキのものを洗うように、自然とそうしていた。
それまでは一体、遼は、どうやって自分のワードローブを
整えていたんだろう?


頭を軽く振り、知りようの無い彼の過去について思いやる前に
自分のすべきことを始めた。


洗濯前の、彼のズボンやシャツのポケットの確認。


極端に持ち物の少ない遼だけど、飲み歩いてきた後は特に注意が必要。
脱水が終わったズボンのポケットから、
ボロボロの紙切れ(・・・多分お店の請求書?)が出てきたとき
二度と同じ失敗はしないようにすると決めた。

 
おねえちゃんの携帯が記された夜のお名刺。これはゴミ箱へ。
お店の請求書。金額に一喜一憂する前に、これはサルベージ。
街で配られているティッシュやチラシも入ってる。


最早、ルーティンのように入っているそれらを見つめるたび
彼は私をナンだと思っているのか、時折憤りたくなる。

パートナー、って何?

家政婦より、たぶん、親密すぎる私たち。
下着を洗濯する同居人なんて・・・切ないよ。


ふっと、落ち込んでしまう。その後で、とても嫌な気分になる。  


・・・恋人、とか、彼氏、とか、自分と彼の関係を定義することが
どれだけ危険か分かっているのに、心と頭はいつも乖離する。

 
もてあます心に無理やり蓋をすると、最後に出てきたカードに手が止まる。 
飾り気の無い、2つ折りの白いカード。開くのを一瞬躊躇する。

  

 ” 香さんへ!
 週末の夜、私たちのお店が改装でお休みなので
 工事が引けた後、お店で女だけのパーティーをしまーす☆
 いつもリョウちゃんが必死に隠している香さん、
 私たちだって香さんとお友達になりたーい☆
 良かったら、来てね!!

 来てもらえる様なら、準備いっぱいして
 わくわくして待ってるから、電話で連絡くださーい♪”



丸文字で書かれた、私宛のメッセージ。
コクリ、と喉を鳴らす音が、耳にやけに大きく響く。
カードを握り締めたまま、洗濯物を機械に任せ、
私は外出することにした。






「美樹さん、これ見て。私どうしたらいいの?」


ランチタイムが終わった昼下がりのCat's Eyeは
人もまばら、静かで暖かく私を迎えてくれる。
迷った心のまま、思ったとおりに言葉が出てしまう。 
 
 
「んー?あら、お姐さんたちからのお誘いね、
 どうしたの?冴羽さん抜きで会うのは嫌?」


「・・・っていうより、お友達って言われても・・・良くわからない。
 だって、支払いに行く時に会ってるから顔見知りではあるけれど、
 何を話していいか・・・」


上手く言えなかったのだけど、美樹さんは私の気持ちを分かってくれた。
遼のことを全部知りたい。
特に、私と一緒に居ない時間の彼の形骸を通して、
彼が何をしているのか知りたいけど、とても、怖い。


「お姐さんたちは、純粋に貴女に興味があるんじゃない?
 良かったら、私も一緒に行こうか?
 ほら、私なら女だし、参加資格、あるでしょう?
 小さい頃、友達の家に集まってパジャマパーティーとかしなかった?
 私、そういう記憶も無いから、もしそういう機会があったら
 一度は経験してみたいと思ってるのよね!
 聞きたくないことや、聞かれたくない事は、
 私がフォローしてあげるから、
 一度はお店に行って私たちも”楽しんで”きましょうよ!」


隣で、海坊主さんは何も言わず、ただ微笑んでいた。
それは美樹さんの憧れとそれが実現するかもしれないことへの後押しなのか、
それとも、私への無言の”断らず行って来い”だったのか、分からない。


自分ひとりでは到底勇気が出ないダイヤル。
店の電話を借りて話をする。
美樹さんと同行なら、という私の言葉に、
受話器の向こうの女性は、
めちゃくちゃハイテンションで「喜んで!」と返答をしてきた。
これで、後戻りは、出来ない。 






結局、遼には週末のパーティーの事は
言えずじまいで当日になってしまう。
何度も言おうか迷って、
その度に、何故だか後ろめたい気持ちが私を襲い、遼に変な顔をされた。

 
いずれ、美樹さんか、海坊主さんか、
あるいはお店のお姐さんたちから
彼は聞くだろうし、彼は私に自分の行動を言わないし、
私が全部彼に報告する義務なんてないし・・・。

 
手ぶらではいけないから、
悶々と考えながら、差し入れのサンドイッチを作っていると
珍しく遼が自分から台所に顔を出してきた。 
 


「おっ?今日の夕飯はサンドイッチ?」
 
「ううん、違う。夕食は別に用意しておくし。
 あ・・・遼・・・私、夜出かけるから」

「絵梨子さんか?」

「えっと、うん、そんな感じ。そんなには遅くならないから」


咄嗟に嘘をついてしまった。

 
「ふーん、了解。じゃ、俺も、夜はでかけるとすっかぁ・・・」

「あ、うん、わかった」


さらに、いつもと違う態度を取ってしまった。
”出かけるな!ツケをつくるな!”が、私が言うべき次の台詞なのに。


「・・・変なの。香、おまえ、なんか悪いものでも喰ったか?」

「食べてないよ!ただ今はサンドイッチ作るの大変だから!!」

「随分とまあ、大量だねえ、こりゃ・・・じゃ、邪魔せず俺は退散っと」



隠し事は、私には出来ない。
遼にも伝わっているのに、彼は、肝心の一歩を踏み出そうとはしない。
言葉でも、態度でも。

 
だから、私も、素直に言うことが出来ない。
意地っ張りはお互い様。
 

どうして私たち、こんな、なんだろう。
きっと、お店のお姐さんたちには、優しい言葉をささやき、
身体を抱き、偽りの笑顔であっても、
私にひとつとして見せることの無い態度を
出している「かも」しれないのに。






足取りが重いまま、美樹さんと待ち合わせをし、招待された店へと赴く。
これは、彼のテリトリーだと思っている場所に、
彼に内緒で踏み込んでいる私の罪悪感なのかもしれない。

 
店に入れば、差し入れを渡す間もなく目の前に広がる酒盃と料理の皿。
駆けつけで乾杯が始まり、
底抜けに明るい笑い声とカラオケの歌が流れ出す。
あっという間に席に着かされ、
手にはグラス、はやし声の調子のよさに戸惑う間もなく空にさせられてゆく。

 
他のお店の女の子も来ているらしく、たくさんの自己紹介を受けたけれど
短時間に飲んだ大量のお酒のせいで、入った言葉が右から左へ抜けてゆく。  


かたくなな疑心が酩酊によって蕩かされる頃、
ようやくお姐さんたちの本題が聞こえてくる。

  
「よかったぁ・・・香ちゃん、来てくれないと思ってたのよぅ」

 
無香料の柔軟剤や、糊付け剤を使っているとはいえ、
その着る物ひとつひとつに、夜の女性が気がつかぬはずは無い。
遼の後ろに、生活の全てを受け持つ女性が居ることを、全員が知っている。
その彼女は黙って彼の作り出すツケを支払いに来て、帰ってしまう。


引っ張り出そうにも、当の遼本人が
絶対に香さんと自分らを会わそうとはしない。
(ま、当然かもね?と鮮やかな口紅を引いた麗しいお姐さんがウインクする)
 


そんなに大事にしているなら、なぜ遼ちゃんは遊ぶのかしらねえ?
そんなに大事にされていることを、香ちゃんは知っているのかしら?


もし知らないのなら、教えてあげなくちゃ! 
ひとつのカケだったと、お姐さんたちはカラカラと笑う。

 
遼ちゃんに気づかれないように、香さんへのお誘いをポケットに
忍ばせておいたのよ。香さんが私たちに聞きたいこともあるだろうし、
私たちみんな、香ちゃんに感謝しているんだから!

 
そう、今日のパーティーの副題はね
”香ちゃんおつかれさま&いつもありがとう”なのよ!

 
ひとところに留まることの無いような男が、
新宿に根を張って、歌舞伎町で用心棒してくれたり、
女たちの気晴らしの相手をしてくれたり。
(ここで私は一瞬硬直したけれど、その後すぐに
 違うお姐さんが「あら?アッチの話は私たちは知らないわよ?」と
 素晴らしいタイミングで突っ込み、笑うしかなかった)

 
そんな男がココに留まる理由も、大事にする女も、
私たちだってちゃんと知りたいじゃない?
遼ちゃんのことも、香ちゃんのことも、私たち大好きなのよ!
・・・お支払いは遅れることがあっても、ね。


香ちゃん、心配する事は無いわ。
あの男は、きっとものすごーくシャイで臆病だから、
香ちゃん当人に本音を言うことは無いだろうけれど、
本当はとっても、貴女を大事に思っているわ。


そんなことを私たちから聞くのは、本末転倒かもしれないけれど
一度は言っておきたかったのよ。
それから、もっと、私たちを使って頂戴。
色んな事件がある中で、情報としては些細なものかもしれないけれど、
きっと貴女の力になれるはずよ。



たくさんのお姐さんたちが、
私を囲んで矢次早に色んなことを言ってくれた。
遼に、お気に入りの女性など居ないことや
逆に猛烈に遼を追いかけたホステスが、ひどく冷淡に扱われたこと。
 
それらひとつひとつが、
私の知らない遼として、浮き立ってくる。
エロ本を見ながらだらしなく笑う男の顔や
暴走気味に行われるナンパ中の男の顔とは全く違う、
もう一つの夜の遼の顔として、私の中に色濃く描かれてくる。
 
   
 
途中から、嬉しいような、むずがゆいような、
なんともいえない気持ちに私は包まれていく。

 
ありがとう、しかいえなくなると、
隣でにっこり笑う美樹さんの笑顔が、朧になっていた。
泥酔してしまったのか、悪酔いしたのか分からないけれど
最後に聞こえた言葉は「あら、香ちゃんに飲ませすぎたの誰?!」だった。









翌日の朝の光は、強烈に眼球を射る。
頭を覆う、激しい鈍痛。
起き上がった瞬間、私は、自分が己のベッドの中にいることに気がつく。
ベッドサイドにはコップに入った水と頭痛薬と、そして一枚のメモ。


”起きたら飲めよ”


その筆跡で、私はどうやってここに帰ったか分かった。
誰が連絡してくれたんだろう?
それとも、彼自身も昨日の晩のことを知っていたのかな?



彼本人に聞かなくてもいい。
私たちは意地っ張りで、言葉の足りない二人かもしれない。


けれど、周囲には、お節介で優しくて、いとおしい人たちがいる。

 
この新宿で、出会えたたくさんの人たちが
私たちを見守ってくれている。
  
 
私がブルーになったときは、迷わず美樹さんだけじゃなく
お姐さんたちのところにも行こう。

 
裏稼業に足を踏み入れてから、私に関わる友人の安全のために
断ち切っていた繋がりを懐かしんだり、悲しんだりすることも、もうしない。

 
新しい繋がりが、私の周りに見えた事で
久方ぶりに私は、一人で声を出して笑い、
そのせいで二日酔いの頭に半鐘が、ガーン!と鳴ってしまった。


イタタタっ!もう調子に乗ってお酒、飲み過ぎないようにしないと。
そう思って、また私は、笑った。
さあ、薬を飲んで、新しい一日の始まりだ! 



 
  


 
 
  


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061016




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