no.27 連携(コンビネーション)

The Knife cuts deeply my heart (抜けないナイフ)



 「ダーツでも…いくか?ビリヤードでも良いけどな」



 新宿歌舞伎町でサラリーマン同士の喧嘩。
 
 お互いにひどく酔っていたという目撃証言があり、
 逆上は殺人という最悪の結果になった。
 犯人は逃亡中。
 相棒の槇村との聞き込み捜査の合間、暫しの休憩時間。
 
 いくらなんでも仕事ばかりしていられない。
 真夏のアスファルトの照り返しに眩暈がしても
 それを口にするのを憚られるほどの緊張の連続。
 一筋縄ではいかない、魑魅魍魎の巣窟。
 でも私はここが大好き。この仕事が大好き。

 

 「いいわね…ちょっと、一休みして冷たいものでも飲みたいわ」



 制服組はいい。
 着る物が季節によってそれなりに考慮されるから。
 刑事は私服が常であるといえども、
 やはり背広やフォーマルジャケットは欠かせない。
 
 行く場所、聞くことによってカジュアルダウンも必要だが、
 気温30度でも基本はスーツ。
 思い切り脱ぎ捨ててみたらどんな気持ちなんだろう。
 この拘束にも似た、
 内側に山ほど隠匿の義務を抱える物騒なものも含めて。 


 日陰ひかげを選び、細い路地へと歩を進める槇村もそれは同じ。
 だが飄々と背中が弛緩し、弾ませた肩を見せる。
 ダメよ。背中で感情を語っては。
 すぐに魔物たちには悟られてしまうのよ。
 それとも…久方ぶりの息抜きに高揚しているの?
 その喜びのかすかな表現を読み取れる自分にもしばし笑みが漏れる。
 
 半地下の薄暗い階段を下りきれば、「準備中」の看板。
 それを無視して槇村はドアを開ける。

 

 「よう…!いるか?勝手に使わせてもらうからな」

 「ああ、あんたか。
  じゃあちょっと…2時間くらい留守番していてもらえないだろうか?
  このクソ暑いのに役所にいかにゃならん」

 「あんたらの商売じゃ、昼間動くのは拷問に等しいな。ご安心を。
  ここは鉄壁の警備でお守りしますよ。
  今日は俺より心強いサッチャーなみの鉄の女もいるしな?」

 「別嬪さんだねぇ・・・。いつもコイツから話は聞いてますよ。
  はじめまして。どうぞご自由に」

 「鉄の女かどうかはわかりませんけれど、お借りしますね」




 …何と槇村が私を表現しているのか、これでわかった。
 ちょっとムカつく。
 その勢いのまま、薄暗い間接照明の中を通り抜け
 ドリンクショーケースから瓶入りのコーラを2本取り出し、
 一気に開栓する。
 プシュ、と弾ける爽快の音。一息に飲み干す。
 その様子をニコニコと眺めながら、店主らしい老人は店を出て行った。



 「冴子がラッパ飲みか…。勇ましいな?(笑)」

 「ふん、鉄の女ですから!!槇村もどうぞー」

 

 渡す瞬間触れ合う指。
 温もりよりも高い、熱を帯びた彼の体の末端。
 私がしたのと同じように一気に飲み下す間、
 彼の動きを見るともなしに見つめる。

 私には無い、喉仏のふくらみが静かに上下する。
 瓶を持つ、硬質な腕の筋肉。
 広い肩幅。
 高い身長。
 たったふたりしかいない空間が濃密な重さを伴って私を包む。
 静寂の中にかすかに聞こえるは、涼気を送るエアコンの稼動音。
 

 「矢じゃなくて…ナイフ、投げてみるか?」


 私の視線を真っ向から受けて、静かに槇村は私に問いかけてきた。
 その意味が分からず、素直に返答する。


 「どういう意味?」

 「おまえが、非番とか…ひとりのとき、俺は守ってやれない。
  上が知らない、俺が持っているいくつかの技能は
  銃を携帯できないときに絶対に役立つはずだから」

 「でもナイフだって…?」

 「長さが短ければ大丈夫だ」


 そういいながらジャケットの内側から取り出す、細くキレイなナイフ。
 見た目にはアイスピックにも似て、
 その切れ味や刺さり具合は全く分からない。


 槇村は振り向きざま一瞬で、スポットライトの当たる 
 ダーツの的の中心にナイフを投げる。
 ビシリと刺さるその深さが、切先の鋭さを伝えてくる。
 中心点に、ストライク。


 「学生時代、のめりこんでな…。
  パーフェクトスコアはカウントアップの方式で1440だが…。
  1000を超えるのに苦労した」

 「その時、ここで?」

 「ああ、バイトしててな。
  あの爺さん、変わらんよ…一体いくつなんだろうな」



 それまでダーツの何かは知っていても、やった事が無かった。
 そして、私は矢ではなく、最初からナイフを手にした。

 
 フォームを教えると言いながら、
 私の背を抱きこむようにして立つ槇村の静かな口調、熱いからだ。
 肩の緊張を解き、目前の的にのみ集中し、
 腕を直角に保ちながら水平にナイフを投げてゆく。
 
 力の込め方が分からず、的に届かぬナイフを、
 一本一本取りに行き戻っては私に手渡し、
 また背中から優しく腕をホールドしながら投げ方を教えてゆく槇村。
 
 真剣なレッスンのなかで、ひたすらにナイフを投げてゆく私。
 それを背中から見守る槇村と、耳に届く静かな指示。
 一投ごとに身体がナイフの切り裂く動線を読めるようになってくると、
 それに従って中心点により近い場所にそれは刺さる。



 「冴子」



 目隠しをされる。
 私の顔を容易くつつむ、ひろくおおきなたなごころ。
 そこから感じる熱はまだ去らず、かすかにわかる、汗ばんだ感触。
 鼻腔に届く、シェーブローションのミントの香り。
 そういえば何時彼はひげを剃るのだろう?




 「何も、考えるなよ?
  ただ、さっきまで目で見ていた的を
  思い描いて、集中して投げてみろ」


 言われたとおりにしようと強く思った。
 もう背中に槇村の気配は無く、
 ただ顔の表面を優しく覆う温もりだけに留まる。
 
 教わったフォームを出来る限り忠実に再現し、
 距離感を漆黒のなかで測る。
 頭の奥に強く引き絞られる、白い一直線の動線。
 それに沿うように、ナイフを投げる。 



 トスッと音がした瞬間、強く抱きしめられた。


 そのまま身体を反転させられ、唇を奪われる。
 彼が何本持っているのかも分からなかった、
 あのナイフが、性急に剥ぎ取られたレディススーツの
 下にあるブラジャーの紐を軽くなで上げる。
 
 乳房が重力に従い、その重みをあたまに伝えた時、私は女に戻る。
 ストッキングの上からパンティーに沿って、
 そっと冷たい切先が流れたのかと思うと、
 もう私は一糸纏わぬ姿になっていた。

 そのまま抱きかかえられ、
 店の片隅にあるソファーに優しく降ろされれば、
 彼も既に上半身に覆うものは無く、
 私たちは無言で肌の温もりを分かち合う。


 彼が触れる全ての場所が、心地好い。
 女性であることのうれしさを、再び感じる強い衝動。
 ことばで愛を言えぬわたしたちの、彼の硬いこわばりが、
 わたしのなかに入ることを望んでいる。
 私もそれを望んでいる。来て。

 私が最も我を忘れる一点を、
 意思を持って確かめるように突き上げてゆく彼のやり方は
 ひとつひとつを忘れぬようにと私に意識させる。

 たしかにここに「彼」が居たのだと、
 後から分かるような強いしるしを、
 私にも届かぬ身の内に刻んでゆく。


 大波がたゆたう静かの海のような
 広く穏やかな幸福が背筋を上るのに、
 その部分では濁流がダムを決壊させるような、
 激しい行為が続いている。

 相反する快楽の中で、私のまなじりに浮かぶは歓喜の涙。




 時間にすれば、あわただしいものであった。
 それでも私たちは満たされた。
 
 ”すまん、ちょっと我を忘れてやってしまった”と
 照れくさそうに言い、大慌てでランジェリーショップに出かけた彼。
 …サイズ、分かるのかな?



 たった一人、薄暗い冷気の満ちるダーツ場で、
 何もまとわずに見た的には、
 中心にストライクしているナイフ。
 それを引き抜き、槇村が戻るまでの間、
 私はまたひたすらに全裸の仁王立ちで練習する。


 これも、彼が教えてくれたこと。
 私を想う彼の気持ちに全力でこたえたい。


 息をぜえはあと切らし戻ってきた
 槇村の選んだ下着は純白。
 そしてサイズはぴったり。
 笑いながら私たちはまた鎧を身に付け、
 翁が戻るのを見届け礼を述べ、
 再び戦場へと舞い戻った。











 fin.







 080804











 ダーツってやったことないです。
 冴子さんのナイフ投げの師匠は秀幸さんってな想像を
 ちょっと形にしてみました☆

 鉄の女サッチャー、とは、wikiによる紹介文を部分引用しますと…

 「女性として初めて保守党党首および
  英国首相(在任:1979年 - 1990年)となった。現在は貴族議員。
  保守的で強硬的な性格から、鉄の女(the Iron Lady)、
  アッティラ(Attila the Hun)などの異名をとる」方です。
 
 私世代の方々はもうご存知ですよね?
 ああ!ああ!って笑ってくれてますよね?
 彼ら彼女らが生きた時代がこの当時だったら、(連載はドンピシャ)
 絶対冴子さんはこう呼ばれていたんじゃないだろうかなーって(笑)


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