no.24 after...?

空を見て



「今日は晴れたね、いつもはこの時期は雨なのに…ちょっと出かけてくる」

「香、お前、どこいくんだ?」

「遼も来る?アニキのお墓参り」

「んあ・・・後で行くわ、ちょっとヤボ用あってな」

「あたしには色々聞くのに、あんたのその秘密主義!ったくもう!」



ひとりでアニキと語りたいことでもあるんだろう。
ルーティンのように掛け合った言葉の裏側にこそ、遼の真意がある。
それを見抜けるようになってしまった自分が悲しくもあり、誇らしくもある。
喪った人をずっと忘れられないのではなく、
その人と過ごした日々が自分の糧になっていることを確認したいから、
兄の槇村秀幸の命日は私の歩みを振り返る大事な時間。

街は変わり、兄が生きていた町並みは既に遠い過去になっても、
雑踏の影、警察署の裏に私は兄の気配を感じる。
墓所への道すがら、ここで何を食べた、ここで何をした、と
ひとつひとつ回想するのも、一人だからこそ出来る。
私は遼がこの日を私以上に大事に想っていることを知っている。
亡くなった者は想われる。では今生きている者は?遼にとって私は…。






香の背中を見つめながら、生き延びてしまったと感じる。
色香など無縁だった少女が、その首筋から腰に流れる線で
無自覚に俺を悩殺することが容易くなった。
手折るのではなく、女性として己の腕の中で咲かせることも
出来るはずなのに、それが出来ない。
触れたいけれど、大事な宝物過ぎて、逆に粗末に扱ってしまう。
彼女の自尊心を折り続けることで俺は何を得ているのだろう?
明日にも無いかもしれない命を粗末に扱うことも出来ず、
生にしがみ付きながら累々たる屍の上に立つ俺が?

まるで父親か兄だな、と嘆息する。
日々華麗に成長してゆく娘を見てどうしようも出来ず立ち尽くす男だ。
愛しいのに邪険にし、そのくせ彼女の動向に心を配りすぎて疎まれる。
槇村よ、俺はお前の代わりに香を見つめてきたという仮面を
どうにも上手く外すことが出来なくなってしまった…。






「冴子さん・・・いつもありがとう」

「あら、今日は見つかっちゃったわね?」



冷たい墓石にじっと手を当て、
何かを思いつめているような気配の冴子を遠目で確認してしまった香は、
それを気づかれぬよう遠くから見守った。
冴子さんと遼と兄貴は三角関係だったと言っていたけれど、
冴子さんの気持ちはどうだったのだろう。
喪ってしまった者は己の気持ちに答えることは無く、
そして生きている者は心変わりする。
香は冴子に残された選択肢のひとつを思ってしまう。
それは嫉妬とも憎悪ともつかない、
なのに妙に静かな漣しか心にもたらさない。



「ねえ。冴子さん・・・」

「なあに?」



逡巡する香の顔を見て、冴子自身は彼女の言の葉が届く前に悟ってしまう。
この子はもう少女ではなく、一人の恋する女なのだと。
自分の愛した男が心から信頼し絆を結んだ男に、心を奪われている。
自分の愛した男が心から慈しんだ少女を、どうして自分が憎めよう?
あの男の虚無の深さは私では救えなかった。
そして目の前の女性は自覚せずに男を救い続けている。
自分の本当の妹たちよりも、強く彼女の悩みを受け止めてしまう。
それは私が愛した男たちの想いのフィルターを
感じてしまっているからなのだろう。
普段なら絶対に出さないであろう言葉を紡ぐ決心がついた。



「香さん、私にとって槇村は、同僚以上だったわ」

「はい」

「愛して、居るの」

「・・・」

「残されたあなたも、わたしも、槇村を愛しているけれど、
 きっとそれは形が違うわ。こんなに長い年月が経っているのに、
 まだ私は槇村を思い切ることが出来ない。不器用なのね。
 でも、私はそんな自分がイヤじゃないの」

「あ、ありがとう・・・で、いいのかな?冴子さん・・・」

「ふふ、それでいいのよ。でもね。
 香さん、貴女は今、遼を喪うことをどう想っているの?」

「!」

「その衝撃を忘れないで。準備をして。
 それを考えただけで涙が出てしまうということを大事にして。
 私は遼がたとえ明日居なくなってしまったとしても、
 彼に対しては涙は出ないのよ。悲しいしきっと辛いでしょうけれど」

「そ、それって・・・」

「彼が大事だけど、槇村ほどではないという
 一番分かりやすい心の反応だと思わない?
 私は槇村のことを思うだけで、今も涙が出てしまうの。
 香さんのきっと知らない、私だけが知っていた、槇村を」

「冴子さん・・・」

「だから心配しないで。貴女はあなたの思いを、
 今のうちにキチンと伝えておくのよ。
 居なくなってから後悔だけはしちゃだめ」

「は、い。出来るかな・・・」



突然の冴子の熱い語り口に、香は正直面食らう。
まるでエスパーのように、冴子は自分の思いをすくいとり、
更に勇気付けてくれたのだから。
そんな女性に愛されていた兄を嬉しく思うのと同時に、
私は遼にとってそんな深い思いをどう、伝えればよいのか、
それが分からないのだと思った。
拒絶されることは何より怖く、その言葉を現実にしてしまうのなら、
今のままをずっと続けたいと思ってしまう臆病者の自分に。



何、姉ぶってるんだか・・・。
柄にも無く真剣に香と対峙してしまった後、
冴子は一抹の自己嫌悪に囚われる。
それを言葉にするのは癪だったので、そのまま立ち去ることに決めた。
墓所入り口に差し掛かると、タバコをふかしながら
物思いの擬態を取る遼に出くわす。



「冴子、女狐がガソリン注いでるんじゃねえよ」

「おお、怖い言いっぷりだけど笑ってるわねえ?」

「まあ、礼を言っておくよ」

「素直なこと。その素直さ、彼女にキチンと伝えなさいよ!」



肩をすくめて香へと歩き出した遼を見送って、冴子は署への道のりを辿る。
私が愛した人が愛する者たちが、支えあって愛し合う姿を祝わないわけが無い。
それがたとえ自分の孤独を深めようとも、私はそれに負ける人間ではない。
だから、自分の役割をキチンと演じられるのだと思えば、
それが己の誇りとなる。
空を見上げれば、槇村が”ああ、それが俺の惚れた冴子だよ”と
笑顔を送ってくれるような気がして、微笑が自然に浮かんだ。



「よ〜ぅ、槇村、しっかり眠ってるか〜」

「遼!なんてこと言うのよ!」

「何でだよ。この時期の晴天ってさ、少し湿度が高めで眠たくなるんだよな」

「まあね・・・兄貴が天気にしてくれたみたいでちょっと嬉しいよね」



遼は空を見上げる。
夏の走りの太陽はどこか期待感を持たせる日差しに思えてきて、
いつもなら追い払う気持ちが胸に上ってくる。
横に居る香の無邪気なはしゃぎぶりが愛しくて、大事で、
慈しむがままにこの時が永遠に続けば良いと叶わぬ思いに目が細まる。
明日たとえ命を落とすかもしれない出来事が起こったとしても、
最後まで香を離すことは出来ないし、愛を守り抜くと誓いを新たにする。



「香・・・」

「なあに?」

「空、見てみろよ、スゲエ青空だな」



警戒も無く上を向いた香を抱きしめて、キスをした。

青空の向こうで、”遼、お前、説明を端折りすぎ”と
苦笑している槇村が浮かんでいるようだった。









fin





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伝えるって難しいから、キスしちゃうの!遼さんの口下手!うふふ!
「after...?」というお題に墓参を想像してしまいました。
なにか、が終わった後なのだけど、はじまりを感じていただけたら嬉しいです。

070716


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