no.44 生きる(8/9)

どれくらいの時間が経ったのだろう。
周囲の静寂に耳を澄ませる余裕が少し戻ってきたのを感じて
そっと、目を開ける。
いまだ勢いを衰えさせることのない炎に照らされるは
微動だにせず、倒れ伏している男たちの姿。


周囲になじみの無い気配は、既に消えている。
防御の堅さに、相手方が撤退を判断したという方が正しいようだ。


パチパチと納屋が燃える音と、
きな臭い硝煙の匂いが立ち込める空間。
 

十分に周囲への警戒を払い、
そして敵が居ないことを確証として得てから、畑に向かう。


拍子抜けするような、かといって、圧倒的に襲撃前と後では
何かが変わってしまったような、不思議な感覚が身体を支配する。

 
 

 
 
理由はすぐに分かった。




突如現れ、そしてすぐに消滅した地獄から
舞い戻ってこれた生存者は自分だけだった。

 
 

 
 
畑を丹精込めて育てた農民たちは、睡眠中に急所を打ち抜かれ
夢の中に居たまま、黄泉の国へと旅立った。

  
仲間は全員死亡し、もはやガブリエラや
他の女ともねんごろになることなく逝った。


防弾チョッキを身につけた、既にモノを言うことの無い、
全身黒ずくめの男たちも数えれば13人。
  
 
半ば相討ちの様相の中で、なぜ己は生き残った?

 
己は気配を悟られること無く、緑の中吹き荒れる風と
同一出来ていたということか?


狙撃手として、己は役に立ったのか?
俺は、負けたのか、勝ったのか?


誰も答えない。 
唯一の事実は、自分だけが残り、
この地に両足を付け、立っているということだけ。

  



ようやく連絡役の仲間の姿を見つけ、その腰元に
彼が保持を義務付けられていた無線機を見つける。
 
 
「this is field A, please take my voice」
 (こちら、フィールドA、誰か聞いているか)  


「…who are you?
 you're not the man who always sending report to us」
 (お前は誰だ?いつも定期連絡をする男と違うようだが)

 
「I am not good at speaking English …can I speak Spanish?」
 (俺は、英語が得意じゃない。スペイン語で良いか)


「Si, vaya a continuacion」
 (ああ、続けろ)



全てを報告し終わる前に、状況を大まかに把握した
上層部から派遣された一群が大挙して畑に到着する。
こちら側の戦力残員1名となった自分は、
自動的に彼らの中に組み込まれる。


それからは、
襲撃を受けてからの時間を逆にカウントダウンするかのような
猛烈なスピードで行動が始められた。



無傷で残る青い果実の伐採は、
丁寧とは程遠いもぎ方で取れるだけ刈り取っていく。  


それと同時に、屍となった者たちの
身につけているものをチェックする。
少しでも金目の物があれば、それは全て回収していく。
金歯すらも対象だ。


軍隊の装備は重要な回収物のひとつで、
どんなに血糊がへばりついていようと全部剥がして持っていく。

 
本来ならばカトリックの様式に従い、亡骸は土葬するのが礼儀だが
それを踏みにじるかのように一箇所にまとめられた物体は
多量の石油を振り掛けられ、祈りの言葉も無しに燃やされた。


感情を差し挟むことも、仲間を失った悲嘆にくれる間も与えられず
全ては、星空が明けの朱に染まる前に行われた。


何かを残すことも、仲間の何をも持って帰ることも許されなかった。

   
最後に、用済みとなったその土地に、
シンジケートの一員たちは無表情でたくさんの手榴弾を投げ込んだ。

  
時間差で波状のように炸裂する手榴弾の轟音は
その夜に亡くなった者たちへの手向けの葬送曲か。




 
国の直属の部隊が畑を襲撃したことにより、持ち主達は戦慄する。
上層部には彼らなりのやり方で、国を懐柔する手段がある。
そのためにも、シンジケート側にとっても、
この場所は無きものとして灰燼に帰す必要があったのだ。
それも、かなり早急に、夜明けを迎える前に。
 

   
 

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