no.44 生きる(7/9)

「ぅおっ!畜生!」


 
後ろで罵声が聞こえた瞬間、己の身体は即座に反応した。
戸惑っていた理性が、瞬時にしてどこかに消え去り、
己の中に眠る獣の本性が、音を封じろ、と命じる。


攻撃に夢中になる余り、周囲の確認を怠った敵方の一人が
自らの首に突然違和感を感じた、その証拠の声。


声のした方向を確認し、即座に背後を取る。
片手で首を固め、片手で相手の銃器を払い落とす。
叫び声を出されてはお終い。
ただそれだけの気持ちで、ギリギリと腕を首に巻きつける。
相手の渾身の力を振り絞った拳が続けざまに己のみぞおちに入る。
 


その痛みよりも、
自分の位置が周囲に悟られ、狙撃される方が本当に怖かった。



相手が余計な動きをしないように、足を使い 
身体全体を相手に絡みつかせ、満身の力で締め上げる。
相手の鼓動が重低音となって身体に直接伝わってくる。
 


どくり どくり どくり ドクリドクリドクリドクリドクリ


見えぬはずの相手の顔面の高潮を、
胸板から腹にかけての全体で感じる。


こいつは、まだ、生きている。
こいつが、モノを言わなくなるまで、
絞めておかねば、自分が、危険に晒される。


急激なアップビートのリズムを刻んだ鼓動は、
激しい体の痙攣を伴った終焉に向かい、
ある瞬間、ぴたりとその演奏を停止した。 
そうして、男は、ただの重たい物体になった。


時の河の流れに準じれば、数分にも満たない刹那の飛び石。
俺は、自らの手で、人を殺めた。
自分を生かすために。


ドサリ、と男が地に堕ちた音で我に返る。
力を上手く抜くことが出来ない。
そうして、男が残した断末魔が、己の身体にこびりつく。
 

ここで気を抜くことは許されない。
破裂音に似た銃撃の矢は目の前三寸でいまだ交わされ、
周囲の暗闇ではたった今、自分が成したような
背後を狙う奇襲が繰り返し行われている。
どちらかが全て絶えるまで、これは終わらない。
  

何かが吹っ切れた。
 
 
男の所持していた武器弾薬を全て奪い、
俺は自分の射撃の能力を試す勝負に出る。

 
スナイパーライフルを構え、目を閉じる。
数回しか試したことの無かった、気配を捉える狙撃。
バックアップなど望むことが出来ない孤軍奮闘ならば、
己の本能と直感がどこまで通用するか、やるしかない。


俺のそれが周囲より劣っていれば、
ヤツのようにぴたりと動かなくなるだけ。
簡単なことさ。


視界を遮ってしまうと、もうもうと立ち昇る男たちの気迫が  
そこここに塊となって存在していることを感じる。
それを何と称すればいいのだろう。
俺は殺気とおぼしきものに向かって対抗の銃弾を放つ。 
  

激しい鼓動が耳を打ち、
自分の動悸の早さを数えながらテンポをはかる。
ただ、これを終わらせたい。
その一念で、俺は茂みの中、身を伏せながら
塊に向かって集中し、狙いを定め、何度も何度も発砲した。

 

   
 


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