こちらが相手を認識したということを、悟られてはいけない。
これは鉄則だ。
今までは奇襲の側に立っていた自分が初めて逆の立場となっている。
全身がビリビリと総毛立つのを感じる。
即座に攻撃体制に転じようものなら、
恐らくここで俺の命も、そして納屋の中に居る仲間の命とて
大量の銃弾と共に一瞬で消える。
相手が持つ連射可能なライフルは、こちら側に反撃の術を与えない。
そして、この気配は同業者でもなく、また素人の村人でもない。
軍隊の特殊作戦部隊なら、一個師団は10名前後。
しかし、それ以上の銃口を視認できるとなると、
バックアップを含め、二個師団、
つまり20名前後が敵の数だと考えられる。
一斉摘発が目的だとすれば、夜間の襲撃はありえない。
逃げる者を視認し捕らえるために、昼間の明かりは大事だからだ。
つまり彼らは、ここの宝を非合法に強奪するためにやってきた、
軍お墨付きの盗人たち。
そして、彼らには、皆殺しの特命が与えられているはず。
元々「無い」ものを、奪うためには、
そこに「在った」ものを全て、消し去ることが大前提となる。
まずは人間を根絶やしにし、ケシの果実を伐採し、運び出す。
そして、ジャングルに潜むゲリラ討伐という名目で
一帯にひとつ、ふたつ、大きな爆弾を空から落とし込めば
その場所の、違法な植生の残滓も人間の生活の痕跡も消滅する。
彼らは何ら責を咎められることなく、
裏金資金となるアヘン原料を手中にする。
この状況を回避するためには、ひとりでは立ち向かえない。
煙草を吸う動作が、身体を重く感じさせる。
震えは指先から煙に伝わり、
相手のスコープの倍率がさほど高くないのを
祈ることしか出来ない。
いつ はじまるか
自分の一挙手一投足が、号令になりかねないその気配は
今まで感じたどの緊迫よりも、恐ろしく身に迫ってきた。
緩慢なしぐさを意識し、煙草を投げ捨て、足でそれを踏み消す。
何も気が付いていないフリをすること。
全身で動揺を覆い隠すのが精一杯の到達点だった。
わざと背を向け、堂々と納屋の扉を開け放ち、
そしてゆっくりと中に入り、後ろ手に戸を閉める。
俺は身体中に汗をかいていた。
部屋に入るなり、普段の監視癖から俺を注視した仲間たちは
額を覆い尽くした玉の雫の異様さで、何が起きたかを即座に察した。