no.44  生きる(4/9)

「Asi pues, usted es muchacho de la cereza
 que estoy apesadumbrado sobre ese・・・」
 (へえ、あんたまだヤったことないんだ、
 そりゃぁ残念だねえ・・・)

 
与太話に艶事は必須だ。 
警備を担当する者たちの控え室・休憩所になっている納屋には
ページが色あせ、擦り切れたヌード雑誌が
山盛りになって放置されている。


夜な夜な、男たちはそれを種に過去の戦歴を披露しては
やけに好色な笑顔を顔に貼り付けて、
「こことオサラバしたら、
 まずはガブリエラのところへ行くんだ」等と語る。


ピンナップガールズたちは扇情的な姿と美しい笑顔でこちらを向く。
その美しい桃色の穴に俺の物を突っ込むことが
「ヤる」なのだとしたら
経験をいまだ得たことの無い俺に対して
随分と男たちが残念がるような、楽しいことなのだろう。


バックヤードでは男たちがそれぞれ一人、己を擦りたてては爆ぜる。
いまだ少年の細さを顔に残す者が立ち入れば、
そこで仲間に慰み者にさせられる。
あの穴の代償。理由無き欲望の対象。
自分を守る術を持たない人間は内側から食い荒される場所。

 
 
「!no haga por favor esto! !parada! por favor・・・」
 (頼む!やめて!やめてくれ!)


  
声変わりもしていないボーイソプラノの声が遠くで聞こえる。
終わることなき緊迫を一瞬の昇華で
宥めようとする者の行為を遮ることは容易ではない。
己が、その代わりになる程の覚悟が無ければ、
手出しをすることはルール違反。
 


「またアイツがやられてるよ、相手は誰だろうな」


「あの絶叫がたまらんと言うヤツも居るし、
 俺には知ったこっちゃねえ」



無関心が身を守る。
俺は黙って聞いている。
反吐が出そうな嫌悪感の理由がどこにあろうとも、
それを表に出すことは、自らを危険の前面に出すだけの愚かな行為。


そちらの趣味がある、屈強なガタイをした男が、
俺を淫靡な目付きで視姦する。
何も言わせない、語り掛けさせない。
そんな殺気だけを、常に持続して放つ。 
    

しかとお前の拒否だけは受け取った、といわんばかりの破顔の笑み。
狙われる対象になるのは、絶対に御免だ。


 
息苦しくなり、納屋の表戸から外へ出る。
そんなときにも武器の携帯は忘れない。 
目の前の魅惑は、自分を無くす程に酔うことの出来ない
今の俺にはちとキツすぎる。
胸ポケットから煙草を取り出し、一服するために火をつける。

 
深く吸い込み、
深呼吸と同じくらいゆっくりと煙を吐き出す。
出したものは溜息に模した何かだったのかもしれない。

 
己の運命など信じない。だが、ここ以外に行く場所も無く、
そして、この先の明確な目的も無い。


無い無い尽くし、だな。


オヤジが言った言葉だけが、俺を支えていることは事実。
だが、オヤジが居なくなった後は?




暗闇を友としてきた人間には、
絶対の闇が自然には存在しないことを知っている。 

 
月や星が地に注ぐ光は、太陽のそれとは質が異なるものの
その反射による木々の葉や茂みの姿を、きちんとこちらに伝える。

 
既に見慣れたものとなった目前の景色を
見るとも無しに視界の中へ映し込む。

 
・・・休憩時間だっつのに、やっぱりどこか気は抜けねぇ、か・・・。

  
 
  
と、視界の端で、一瞬だけ、異質な光点の反射を察知する。
身体を動かすことなく、ゆっくりと、
もう一度、視野に意識を集中させれば
周囲全体、己と男たちの騒々しい声が響く納屋を囲むようにして
十数個の銃口の標的になっていることに、気が付いた。


  





 
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