no.44  生きる(3/9)

2年間を緊迫の中で護られ、
収穫を目前にしたケシ畑は、青年たちが警備を投げ打って
hide-and-seek(隠れんぼ)も出来そうな
背の高い草原となって目前に広がる。


茎の上にころりと丸く鎮座する、成熟しきらぬ深緑の果実。
表面を削り取り、染み出てくる液体はとろりと白い。

 
それは男たちが下半身から吐き出す精を模すかのように、
依存の奈落へ叩き落す悪ともなる、
アヘンとして、乾燥を経て精製されていく。

 
痛みを慰撫する医療に必須のモルヒネは、
アヘンから、高度な科学技術を必要とする、
単離生成をもって生み出される。


善悪は二分化できるうちが、最も簡潔な答えを引き出すが、
ひとつの実の効能が、正反対の因果を内包するように、
ここでやっていることの、何が悪いのかを判断することは困難だ。  
 




細いけもの道の先に、木々の緑が幾重にもかさなり、
道行きを妨害するジャングルを抜けねば辿り着けぬ、隠匿の地。
山あいの平地にひっそりと存在するそこは、
堅牢な警備を敷かれていた。


国に発見されれば、即座に空軍のヘリから枯葉剤が撒かれる。

気候に左右されてしまう生育状況は、最優先報告事項になる。


栽培に関わる農民たちの密告を防ぐ手立ては、
恐怖による束縛と、彼らの生活を確実に保障する高額の報酬だ。

乳液のような生アヘンを精製所まで運搬する者には、
栽培地から工場に確実にモノを届けるまで、途中脱落は許されない。 

その場所に至る道を通る者、全員への身元チェックに所持物の確認。


何より、誰もが欲しがる農作物として
近場の村人たちや
思想を違える他の活動家のグループや
更には違法栽培の調査を行う軍隊そのものまでもが
様々な理由をつけて秘められた宝を狙い、奇襲をかけてくる。

  

俺は、リョウ・サエバと名乗るように
海原から指示を受け、そこへ派遣された。 



引き伸ばされた神経は長く続かない。
従って、ここでの警備に対する
1契約あたりの日数は10日が基準となる。
突発的に起こるトラブル処理に対しては、更に報奨が加算される。

 
村に還元するのは、契約分によって得た金額の6割。
長く働けば働くほど、自分も儲かるシステムだ。 
報奨は丸々自分の物として扱える。だからこそ、トラブルは大歓迎。


「El hecho de que es pozo trivial es …
 Algo debe haber sucedido!」
(つまらんのはご免だな…何か起こって欲しいもんだな!)
 
 
共にこの畑に派遣された仲間が、あくびをしながらつぶやく。
退屈が招く気の緩みを、最も嫌がる男がそう思うのも、もっともだ。


「Usted intenta hacer, hey…」
(お前もやってみろよ・・・なあ・・・)
 

こっそりと自分で白い液を舐め、快楽に浸る男。
次第に焦点の合わなくなる目線。 
頬の筋肉が弛緩し、だらりとした印象をかもし出す表情。


限度を超えなければ、見逃してもらえることの多いその行為も
重要なルールのうちのひとつに絡んでいた。
多量摂取によって、使い物にならなくなった人間は、
その後、生かしておくとロクな行動を起こさない。 


神が民に与えたもう休日は、6日ごとに1日だが
ここでは人の姿をした生き神が、札束と共に10日に一回来訪する。
その度に、更新の意思が確認され、
暗黙のルールを乱す者がどのような結末を迎えるかを伝えられる。
 
 
同じ村の出身であっても、
1ヶ月と持たず誘惑に負けてアヘン中毒となった男は、
皆の前で3回目の報酬を貰う前に、
眉間に一発の銃弾を受け、
二度と俺と語ることは無くなってしまった。

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