no.44 生きる (2/9)
斥候時代、ナイフやロープを使った戦術を仲間から教わった。
特にロープは使い方によって、武器にもなれば、
建物間の通路にもなり、空を渡る重要な乗り物ともなる。
自分の気配を消し、対象テリトリー内を偵察し
一瞬の視界にうつる建築物の配置や
警備状況を随時記憶する。
自分に託された課題は、相手の状況を細かく知ってくること。
それを味方に確実に伝えること。
その情報が、今後の戦略に大きく影響してくることを思えば、
絶対に騒ぎを起こしてはならない。
そのため、俺は相手を殺さずに昏倒させる道を選んだ。
接近戦で有効な戦術は、
常に自分の力加減で相手へのダメージを調整できる。
斥候としての自分の能力は評価され、
その役割は次の若者へと託された。
”大事な誰か”が欠けたら立ち行かなくなる組織では、
全体の存続の屋台骨にヒビが入る。
”それなりに全ての役割を果たせること”が
実戦を通じた、教育期間中の兵士手前の人間には求められる。
その後、造兵廠(ぞうへいしょう)の風情を伴う
武器庫に溜まる仲間につくこと、数ヶ月。
投擲によって威力を発揮する武器の火薬取り扱いから
銃器の改造、弾丸調整までを叩き込まれる中で
それぞれの銃の特性を考慮した、射撃訓練が俺を待っていた。
「para proteja a mi padre」
(オヤジを守るため)
「a conseguir mas fuerza」
(より強くなるため)
気を抜けば、ぐらりと身体が揺れてしまうほどの重量のある
対戦車ライフルを仮想標的に向けて撃つとき、
祈りにも似たその言葉を口ずさんでいたと、思う。
視力・集中力・思い切り・弛緩と緊張の切り替え。
さらに元々の勘が良かったのだろう。
俺は短銃における射撃の才能が特に秀でていると分かった。
5mから10mへ
20mから100mへ
銃を変え、弾丸を変え、
時間帯による光の方向、気候条件を考慮し
角度をギリギリまで調整してターゲットを撃ち抜いていく。
正確に狙った場所に当たることの快感は凄まじく、
射出の反動による銃ダコが指に出来ても、
それが血を流すほどに長時間、的に向かい合っても
俺は撃つ事を止めることが出来なかった。
そんな時のオヤジの文句は決まっていた。
「リョウ、お前のために弾丸があるわけじゃあ、ないんだぞ」
命中精度が上がってくるにつれ、
オヤジが時を選ばずに、攻撃を仕掛けてくるようになった。
最初の間合いで、殺気を伴う恐ろしい気配が
燃え上がるように襲ってくると、最初はどうしようも出来ず、
ただオヤジの落とす鉄拳をまともに喰らっていたものだった。
しかし、毎日時間はゆっくりとだが、
自分に本能回避の能力も授ける。
襲撃を先読みし、逃げる。
あるいは先手を打って、攻撃に転じることも多くなっていった。
オヤジの本気の襲撃に対して、
何故だか俺は、いつも最後の最後で力を込めることが出来なかった。
その度に、オヤジは俺の身体を横抱きにして
おまえは優しいんだなと、歯を見せて笑っていた。
「リョウ、お前は今日から外部委託の仕事に回れ。
そろそろ、お前の顔で稼いでも、いい頃合だ」
それが、本当の地獄への片道切符を手渡された瞬間だった。
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