no.29 すれ違い
We're Old men,that's all.(古い世代になったもんだ)
「美樹・・・ちょっと店を留守にしたいんだが」
「あらファルコン、珍しいわね。どれくらい?」
「1週間で事足りるはずだ」
「でもね、わたしもちょっと用事があるのよ…お店、閉めちゃおうか」
「そうだな」
パートナーとはいっても、個別の依頼が入れば
その内容など詮索するのも愚かしい。
わたしたちは生活の上で支えあっていても
仕事の面においては生死も愛する相手に委ねられない緊迫の中にある。
足を洗えばいいのだけど、平穏の中では生きられない。
混乱と砲撃と殺戮を超えた人間は、平和の中では精神を病んでしまう。
待ち望み拳を天にささげて勝ち得た平和が、自らを蝕み朽ち果てさせる。
両極を生きることがわたしたちにとってのもっともベストな生活であり、
その結果どちらかが先に天に召されたとしても、
わたしは後悔をしないしファルコンとて同じだろう。
だからわたしはファルコンの行き先を尋ねない。
ファルコンもわたしの行動について詮索をしない。
IDEXは死の商人たちの公開展示会だ。
現実に使用できる最新兵器が展示され、殺戮の利便性を謳いまくる。
戦車から銃器に至るまで全てが揃い、
個別の商談はそれぞれのルートに応じて行われる。
国と国、軍隊と軍隊、営利企業は個人の思惑など気にせず、
己の商品を売ることに専念する。
フリーランスであっても、今どのような兵器が実際に使用され、
そして自分の適性に合った武器が産出されているかどうかを
知っておく必要がある。
自分を守るためには、公開情報を最大限に拾うアンテナが必要だ。
アラブ首長国連邦に居るわたしのエージェントに連絡を取り、
ホテルと入場パスの手配を頼む。
無論これにしても、無料ではなく
適正な謝礼が常に加算されるわけだが、高くは無い。
「みっきちゅぁああああん♪
今日も来たよーーーーん!きれいだねー!」
「さえばさん!!相変わらずワンパターンの攻撃ね!」
ステンレストレイに野獣の顔型をいったい何枚取っただろう?
デスマスクっぽいけれどどこか笑いを誘うトレイは
全て香さんが引き取ると言ってくれたので渡している。
弁償・・・という彼女の笑顔が顔型に重なる。
冴羽さんは本当に香さんに感謝すべきよね。
彼女の愛は分かりやすく、そして一途。
香さんの愛のスタイルはわたしにとっても学ぶところがある。
ファルコンは表立ってそれを望まないかもしれない。
でも、弟子として香さんを慈しむファルコンの態度から、
わたしの直感は間違っていないと思う。
昼下がりの店内は閑古鳥。
この静寂をいつもさえぎるのは彼だけれど、
彼は自分の登場すべき時を知っている。
「冴羽さん、キャッツ・アイは来週1週間、
前倒しの夏休み取るから来て貰っても入れないわよ。よろしくね」
「美樹ちゅわぁんの美味しいコーヒー飲めないのかぁ…
ざーんねん。…ところで。仕事か?」
「ファルコンはそうみたいだけど、
わたしは社会科見学ってところかしら…最先端を見てくるわ」
「ふ、ヨーロッパあたりのきな臭い砂塵にまかれて来るのか?
せいぜい食われんようにな」
「あなたに言われたくないわねぇ…
がっちり誰かの怒りの布団簀巻きで昨日も吊るされてたような人にね!」
「美樹ちゃんは相変わらずつれないねぇ。
タコ坊主も居ないんなら絶好のチャンスだってのに」
言葉をいなし、営業をしながらルーティンの日々は続く。
ファルコンは黙々と営業時間外に何かを調べたり、
別宅へと足しげく通ったりしていた。
盲目であるということが、 ハンディキャップにならない
彼の努力とたゆまぬ自己鍛錬に自分が引き上げられる。
どんな依頼を受け、どのような戦法でそれをこなそうとしているのか。
わたしにはまったく分からないけれど、
なぜだか「大丈夫」という気持ちに満たされる。
だから、わたしは彼を邪魔せぬよう、
自分の立てた予定に従い、成田空港へと向かった。
熱砂の土地に降り立つと、もはやそこは日本の平穏が
現実に感じられぬほどの緊張が身体を覆う。
と同時に、自分が元いた懐かしい故郷の喧騒に
身体を抱きしめられるようで、安堵も感じる変な自分。
匂いの違う空気、色の違う光、切り替わる言語。
尖った殺戮者の自分が次第に皮を剥がされていく様な、
鎧を再装着するような、得がたい感覚。忘れたくない。
展示会の会場はとてつもなく広く、
また親切な案内がされているわけでもない。
自分がほしい情報を自分で探しに行き、そして現物を見るまでには
展示会の内情をよく知る現地ガイド兼ボディガードも必要だ。
全てが金銭という枠組みで価値を確定され、
自分は値踏みされ、判断される。
女であることの利点と不便をうまく使い分け、
見くびられぬようテンションを保ちながら、
自分が欲したハンディ銃器のコーナーにたどり着く。
暗視スコープが内蔵され、かぎりなく静音処理されている
有効距離700m以上の砲身の短い軍用銃。
射出速度が高められ、軽量化された対戦車ライフル。
デジタルなインターフェイス、ゲーム感覚で操作が可能な
殺戮の実感を伴わない攻撃専用戦車。
わたしたちの時代は生と死の重みを一発の銃弾で交し合っていた。
その緊迫が見えぬ相手の息遣いまでを感じていた。
意味を簡単に決め付けることの出来ない
異部族間の殺戮が暗黒大陸で繰り返される中で、
先進国はより相手の生を意識させない兵器を編み出し、
距離を越えて天の鉄槌を神の代わりに行おうというのか。
憤りが身体を支配し、その憤りが己の黒さを再び意識させる。
わたしが何を言えるというの?と。
冷静を保たねば生存すら許されない展示会。
誰もが背中や脇や足首に護衛用の何かを身に付けて、顔には笑顔。
わたしが目で見て得られる情報は、わたしの生存を守るためのもの。
と。
見覚えのある巨体が視界の端に写る。
呼吸が止まる。
威風堂々とアーミールックでそこに佇む男の後姿を
見間違えるはずが無い。
きちんと彼の気配が分かるまでの距離まで、
慌てて駆け寄り、そして耳を澄ます。
英語ではあるものの、やはりファルコン、あなたが目の前に居る。
お互いの興味と思考が一致する瞬間を、
言葉以外の行動で感じることなど実際は万にひとつもない。
だからこそ、日本から遠く離れたアラブの乾燥地帯で、
あなたと出会えることがどんなにすばらしいことか
言葉に出来ない。
立ちすくんだまま、豪雨の中に晒され、
一人で取り残された戦時地域の空港を思い出す。
Goodbye-foreverと書かれたメモを見つめながら
これでは終われないと猛る心を思い出す。
あなたとわたしは時間を経ても、まためぐり合う運命にあるのだ。
あなたとわたしは、すでに言葉を交わさずとも、ひとつなのだ、と。
「・・・みき、か?」
こみ上げる心の躍動を、抑えることが出来ない。
そのままを彼にぶつければ、ファルコンは感じてくれる。
そのまま背中に抱きつけば、手に重なる大きな分厚い手。優しい手。
「さいしょ、から、IDEXにいくわ、って
わたしが、いえば、よかった。ごめんなさい」
「いいんだ」
「なにか、あった?」
「ああ…だが…
I Don't want you have these super weapons, get over to used it.
We're old men,that's all.」
(こんな物騒なものはお前に持たせたくない。
おわらせたいもんだな。古い世代になったんだよ、おれたちは)
「そう、ね・・・」
抱きついたままの暖かい背中のぬくもりがわたしたちの絆。
現状は何も変わらずとも、同じ気持ちを共有している。
そのままを、生きていきたいと思った。
目をつぶれば、Cat's Eyeの風景が見える。わたしたちの戻る場所。
わたしたちが死に物狂いで勝ち取った、わたしたちなりの愛の形。
もう帰ろう、日本へ。
fin.
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IDEXは毎年行われています。
日本にはほとんどその情報は知られていませんし、公式サイトにも
何がどのようにいくらで、というような詳細は一切ありません。
現実に行われている武器の売買を、スイーパーとして見た二人が
どんな風に思うのだろうと考えて作った話がこれになります。
070425
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