no.27 歌舞伎町(6/7)
重厚な木で作られたドアにたどり着いた時
ここにヨンジュン氏似の笑顔があると思ったら、
少し気分が上向きになる。
店内のトイレのすぐ近くの、端の席に否応無く連れて行かれ、
彼が来るまでヘルプの若い子がつく。…もう若い子はたくさん。
ぺらぺらと回る口調に適当に相槌を合わせるも
30分経ってもヨンジュン氏はこない。
すぐそこでほかの女とにっこり笑って、
落ち着いた雰囲気で何かを話しこんでいる。
ねえ!!
あたしが、あたしが、来てるのよ?何でこないの?どうして?
叫びだしそうになる言葉を喉元で押さえ、
彼を呼び寄せる魔法の言葉を代わりにヘルプに伝える。
「シャンパン頂戴。
他のテーブルのお客さんにも回るだけの本数開けていいわよ。」
跳ね上がってヨンジュン氏と厨房に伝えに行くヘルプを横目に
今日14本目の煙草に火をつける。
去年まであんなに楽しかったのに、どうして今年はこんなに
言い知れぬ苦しい気持ちに落ちなくちゃいけないんだろう。
何で、目の前のかわいくてかっこよくて
素敵な言葉を一杯出してくれる男の子に
溺れる事ができないのだろう。
できなくなった気持ちの答えを探す代わりに、
煙草だけがどんどん、減っていく。
白いスーツを見事に着こなし、落ち着いた貫禄を漂わせて
シャンパンを手に持ちながら、偽ヨンジュンがやってくる。
「おひさしぶり。ごめんね、すぐにこれなくて。
すっごくこっちにきたかったんだけど、
彼女がちょっと酔っちゃって。
みんなにまでシャンパンくれて、本当にありがとう。
今日、確か、君の誕生日だったよね、おめでとう。」
やっぱり、ある程度年を取った子はかわいい…
私のことを、ちゃんと覚えてくれて、大事にしてくれる…
「ねえ、プレゼント、僕から何にもできないけど、してもいい?」
そう突然言い放つと、私の頬にヨンジュン氏は軽くキスをした。
電光石火の行動に、何もいえず彼の顔を見返すと
見事な笑顔で彼は言った
「おめでとう…僕もうれしいよ、君が大好きなんだ、
こんな大切な日に会いに来てくれて、ありがとう。
さ、君のステキなこれからの一年に乾杯だ。」
もう何も考えまい。
こんな素敵な男にそばにいてもらい、祝われる私の誕生日。
一気に発泡した黄金の液体を喉に流し込む。
胸を駆け下り胃にたどり着くその味を、やっと、舌が感じた。
彼の肩に頭を寄せ、私の肩には彼の手がそっと添えられている。
なぜだか私の脳裏に、先ほどの二人の姿が浮かんできた。
言葉なんて要らない。
私もあの二人みたいに、今、男と身体を寄せている。
そっとヨンジュン氏が小声で私の耳に囁く。
「あのね…お店のことなんだけどさ」
「うん…?なあに…?」
「僕が貯めた資金だけじゃ、ちょっとおぼつかないんだ…
もしも店が出せたら、君に特別なサービスが出来るんだけど…
バーカウンターに君だけの席を作って、
そこには君以外座らせないよ…
空席のそこに、いつも僕の気持ちを置いて、君を想っていたいから
良かったら、少し、僕のことを、手伝ってくれないかな…?」
ぐっと腹からせりあがる、嘔吐感。
隣のぬくもりにも、肩に置かれる手に対しても、
激しい嫌悪が突如として襲う。
その一瞬の寸前まで心地よかったそれが、
反転するように私に鳥肌を立たせる。
「あ…かんがえさせて ね。ちょっと、トイレ、いってくる」
さほど飲んでも食べてもいないのに、音も無く腹から逆流するもの。
口に入れる前までは綺麗なものたちも、一度腹に収めてしまえば
黄土色の酸味がかった、目をそむけるような汚物に変わる。
すべてを吐き出し、顔を上げれば
化粧が脂浮きした、醜い私が鏡から見つめ返す。
そっと静かに化粧室から出れば、
ヨンジュン氏がゆっくりと微笑みながら、お絞りを手渡す。
無性に腹が立ち、口紅が落ちるのもかまわず、それで口をぬぐう。
「ちょっと用事、思い出したから、帰るね。席に戻らないから
かばん持ってきて。お勘定して。」
釣りを持ってきたヨンジュン氏の手に、強引にカードを握らせて
後ろも振り向かず、身体をぶち当てるように
重い扉を開けて外に出た。
Copyright 2007 Shino Inno Some rights reserved.