no.27 歌舞伎町(5/7)
ぽとり、と灰が落ちた。
そのわずかな感触で私は我に返る。
あわてて吸殻を100円で買った
ポケットビニール吸殻入れにしまう。
すべて茶番。彼らの寸劇の観客だった私。
微動だにせず、一言も発さない、それなのに道化となった私。
落ちそうな女にはあらかじめ声をかけない軟派師と
その男のすべてを受け入れる「素直」さを持つ稀有な女・・・
言葉を交わさない一瞬の目線で、物言いに態度を合わせ
相手の意向の首尾を果たすなど、一朝一夕にできるだろうか?
私も見ていた。
6人もの女に男が声をかけている最中、
女の気配など一切感じなかった。
男が煙草を吸いだしてすぐに、声がしたことを考えれば
彼らは常に寄り添っていると考える方が自然だ。
金が無い無いと騒いでいたが、彼らの仕事はいったい何なのだろう?
コートの中の携帯がバイブレーションを始めるまで、
私は今の二人のことで頭が一杯になった。
2番目のお気に入りの森田似くんからの着信。
『今どこ?迎えに行くよ、ごめんね、気がつかなくて』
上の空で場所を言い、彼の言うまま個室和食ダイニングへ行く。
何を食べて、何を飲んでも、味がしないし、酔いもしない。
森田くんがかわいい顔で私の機嫌を伺うが、うまく言葉が出せない。
支払いを私が済ませ、店へと直行。
一番乗りで入ったホストクラブの店内は、夜を迎えても
客がいなければ喧騒とは無縁の、白く空虚な空間に見える。
ギラギラと若さと野心を顔に貼り付け、
大声でカラオケを歌いだす森田くんに
ノリよく調子を入れれば、少しは気が晴れるか。
夜も少しづつ更ければ、
携帯はぶるぶると生き物のように蠢動を始めた。
父親からの鎖が、激しく音を立てて私を縛りだす。
”飲みすぎるんじゃないぞ”
”きちんと一人で部屋に帰れるくらいの正気を保ちなさい”
”送ると誰に言われてもお断りするんだぞ”
『ごめんねー、店にいるんだけど、怒っちゃった?
よかったら待ってるからきてね、俺、すげえあなたに会いたいよ』
『今日さ、俺、風邪引いちゃってて、店休みなんだ。
会いたかったよ。
東京きたの久しぶりだよな?最後に会ったのいつだっけ?
ごめんな。』
『お久しぶり。僕さ、今本当に店出す予定なんだ。
君に教えたいと思うんだ、場所もオープン日とかも決まったし
良かったら来てね、すっごく会いたい。君に会いたいよ。』
留守電の「会いたい」の声が真摯に私の耳を打ち、
森田くんに一枚のカードを渡して、
1時間と居ることができずに席を立った。
ウエンツ似くんは見事に興冷めするほど、
ホストが板についていた。
最初のぎこちない態度の中にある、あどけなさがかわいかった。
月に何度か通えれば、変化も育成と思えて楽しかっただろうに、
1年も間が開いてしまえば、そのギャップに違和感しか覚えない。
女慣れした態度、そろそろナンバー1が目前らしく、
売り上げに対しても敏感に行動する。
「ねえねえ、俺さ、新しいシャンパンコール、自分で考えたんだよ
見てほしいな、ほしいんだよな、すっげーかっこいいの!」
ウエンツくんがしている腕時計は、去年私があげたもの。
それを贈るために、
私は小さい頃から貰ったお年玉で作った定期を一本崩した。
留め金の部分に、私しかわからない小さな刻印を入れてあげた。
「こんなんくれるの?すげえうれしい、俺、あなたしかいねーよ」
今でもそのとろけるような甘く優しい笑顔を思い出せる。
シャンパンコールの最中に腕を振り上げ、
雄叫びを上げる彼の手首に、その刻印は見当たらなかった。
悪寒が背筋からのぼってきた。
ウエンツくんにもカードを渡し、早々に店を後にする。
やっぱり若い子はだめだだめだだめだだめだだめだと
口の中でつぶやきながらふらふらと歌舞伎町を歩く。
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