no.27 歌舞伎町(4/7)


「リョウ、ナンパ物色中に
 この場所で吸うなんて、ずいぶんなご身分だこと!!」

         
よく通る声にちらりと目を向ける。
スラリとした高い身長。
ショートカットの下からきつさとは異なる強い光を宿す目が印象的。
ジーンズにシャツと、まったく飾り気の無い、ノーメイクの女性。
化粧もせずにいい年にもなって都会を歩ける女性がいるなんて、
ちょっと驚いた。


「んあーー?香、よく分かったな」

 
「掲示板が撤去されちゃったからってね、
 あんたがここら辺をうろつかないわけ無いと思ってたのよ!
 さっきから黙って見ていれば、
 数分の間に6人に声かけやがって!!
 スカウト通りじゃホストと間違えてもらえるしぃ、
 なんて言って味占めてただろう!
 そっちを張ってたのにあんた、居ないから!」
 

…彼女?


意識しながら聞き耳を立ててしまっている自分。
ご愁傷様、こんな男に惚れるなんて、あなたも苦労が多そうね。

自分があざけられた事も少しは気が晴れる。
同類の女性がそこにいれば、
相手にされない自分の情けなさも払拭される。
気分よく煙を吸い込み、ふうっと吐き出す。

 
「ぎゃーぴー言う割りに、何で今日はハンマーおとさねーのよ?
 いつもは見つけ次第、問答無用だろうが。」


「…あ?…あ、あ… 
 こんな人多い所であれを出せば迷惑がかかるでしょうが!
 あたしだって一応周囲は確認してるのよ!」
  

ハンマー?
HUMMERとかってデカイ車がほしいって、
ホスト君が言ってたけど、それを出すの?  
確かにここじゃ、でかい車は取り回ししにくそうよね。


「…そ、それに、今日は、あんたの、誕生日、だし、そんな日くらい
 あたし、だって、あんたの好きなこと、させてあげたいし…」


思わずその言葉に彼女を見つめてしまう。 
伏せられた目のまつげの長さ、紅潮した頬、
あれほど大きい罵声が出るのに
聞こえぬくらいの小さな音でやさしい言葉をつむぎ出している唇。
 
 
何この人?
すごく、癪に障る。
何で好きな男がほかの女に声かけるのを許すの?
誕生日ならなおさら、二人で祝いたいもんなんじゃないの?

私は私の誕生日くらい、
お気に入りのホスト君をずっと独り占めしていたい。
だからここで電話を待っているっていうのに!
苛立ちが彼女の言葉で頂点に達する。
煙草の火が指元まで近づく。

 
「ふーん。だけどリョウちゃん今ここで煙草すいたいのーぉー。」


先ほどの表情など、また見事に消し、
へらへらと笑いながらスパスパと煙草をふかす男。
ほんと、この男もムカつく。何様なんだろう。


「ばっ、馬鹿!!禁煙条例知らないとは言わせないわよ!
 都内ほとんど、歌舞伎町だってここだって、
 もう歩き煙草できないんだからね!
 見つかったら罰金2000円だって
 うちは出せないって分かってんの?
 仕事しなさいよ!!つーか煙草やめろ!
 そしたら金がそれだけかからんで済む!」

 
・・・え?
この場所、禁煙なの?
一気に自分の手に持つ煙草が、罪悪感に変わる。


私は東京に1年に1回しか来ることが無い。
その間に施行されたものなど
ニュースを気をつけて見ていなければ知ることが無い。
知らなかったとはいえ、罰金の金額の多少に関わらず、
自分がしてしまったマナー違反に恥じ入りそうになる。



誰も私のことなど、見ていないのに。


 
「へいへい、香様には頭が上がりませんですなー」

 
「返事は一回!はい!でいいの!!見つかる前に早くよこして!」
 

彼女は自分のハンドバックの中から、携帯灰皿を取り出し
男の煙草を容赦なく取り上げてそこへ収めた。


「…さて、と。
 依頼の携帯電話もかかってこないし、今晩、どうするの?」


「…あーん?香の邪魔も入ったし、
 もっこりちゃんのナンパもうまくいかねーし。
 とりあえず、家に戻るかぁ…」


「んじゃさ、伊勢丹の地下寄ってよ。
 あたし今日のためにちょっと節約したから
 たまにはリョウにいいもん使ってご飯作ってあげるよ、
 今の時間だとそろそろ値引き始まるし、
 狙い目はメイン食材だからね!」


「胃腸薬用意しとけよ?それから、精のつくもんにしろ」


「…あー?あんた、
 全部食ってお代わりする割りに口が減らないわね!!
 さっさと回ってケーキも買うんだからね!
 高野のだったらフルーツメインだし、
 甘いもん嫌いなあんたでも食えるでしょ?
 いまだとイチゴフェアかな?何かな?
 ふふ、ケーキなんて何ヶ月ぶり?あたしも食べたいし、
 たまには丸いのにしよ?
 そっ、それに…食べものなんて関係ないくらい、
 いつもすごいじゃん…」


「んっ♪ んー?何がさ?」


「あー、もううるさい!!!早く来い!!!」

  
ひとしきり彼女は自分勝手に喋り狂った後、
そのままズカズカと大股で彼を残し、
靖国通り方向へ歩き去っていった。  


男を横目で見ると、
びっくりするほど優しい雰囲気をまとって、
彼女を見つめている男が居た。
さっきから黙ってくるくると様子を変える男に、目が離せない。
そして、こちらに振り向く。



ウィンクひとつ。
”煙草、消しな、わかったろ?”



そして、彼女のストライドよりも広い大股と早足で
男は彼女に音も無く追いつき、そっと彼女の肩に手を回す。
無言で笑って男を見つめる彼女と
彼女を護る様に男は歩調を合わせ、雑踏に消えていった。
  
      


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