no.27 歌舞伎町(3/7)



いざ歩き出してしまえば、都会の空気の高揚に誘われるようにして
ホストくんたちからの返事が来ないことへの憤りも少し凪いでいた。 
 

アルタ前まで来て、さてどうしようかと悩む。
歌舞伎町に自分ひとりで行くのはなんだか嫌だ。
靖国通りを渡るときは、カッコイイ男と並びたい。
そこは待ち合わせ場所のメッカ。

 
私も誰かを待っている振りをして、人を眺めていよう。
そのうち、誰かからの着信が来るはず。
コートのポケットの中に入った携帯電話を握り締めながら
広場の石垣に腰を預ける。

    
と、一人の男に目が止まる。
雑踏の中から頭ひとつ以上飛び出る長身。
ラフなジャケットとジーンズの、どちらかといえばダサい格好。


…九州とか、南国出身?ずいぶん濃い顔立ちの人だなあ…

 
へらへらと笑いながら、人待ち顔の女性に近寄り、
大振りなジェスチャーで何かを言っているようだ。

 
…んー。キャッチなのかなあ?うちの店に来ない?ってか。

 
口も聞いてもらえず無視されても、全くこたえることなく、
どんどん女性に覆いかぶさるようにして話掛けている。 


……さすが新宿、あの人きっと、凄腕のスカウターなんだなあ。
どんな女でも選ばないで声かけられるってのも、才能だよね。

 
だんだん男が近づいてくる。
数人を隔てた向こうで、彼の声が聞くともなしに聞こえてきた。


「ねえ〜!彼女、ぼくとお茶しな〜い?!
 すっごい美人さんだね!ぼくリョウちゃんっていうのー、
 よろしくねー!」
 

「わたし、人と待ち合わせしていますから!」
 

…本当に、眉間に皺を寄せて、イヤそう…。


「んー、じゃ、その待ち合わせまででもっ!
 3分でもいいからリョウちゃんにお時間頂戴っ!
 も、彼女を待たせる男なんて、だめだめだめー!」


「私が早く来てるだけなんですっ、ほっといてください」

 
…そうだよね。迷惑だよね。


「あーん、ざんねーん。もしぼくのこと思い出してくれたら
 ここにセクシーな格好して来てね!
 いつでも、もっこりお相手するよ!」

 
…なんて露骨なんだ。そんなナンパに引っかかる女、今時居ないよ。


 
けれども、男から私は目が離せないでいた。
片っ端から男が女に声をかけているのなら、次は私のはず。

私に声をかけて。誰でもイイの。
今日一晩を楽しく過ごさせてくれるなら。
その先にベッドがあったって構わない。私がそうしたいんだから。

    
ついと目の前が暗くなると、隣にリョウちゃんと名乗る男が居た。 
見上げた瞬間、目が合う。

 
鼓動が耳元で反響する。掌に汗を感じる。
きっと私は期待しすぎて硬直していただろう。
 

男が言う言葉など、簡単に想像ができる。
「お茶しましょ?」「いいですよ、どこにいきましょうか」
答えるタイミング、口調を一生懸命頭の中で考える。

  

と、男は、ふっと嘆息し、真面目な顔に戻った。
それは見とれるほど、彫りの深い、鼻梁の通った、
経験と、何か辛さを覆い隠したような男の顔だった。
 
そして太く意思の強そうな眉根を上げ、
私に向かって、かすかに微笑んだかのような顔をしたあと、 
黙って、通り過ぎた。

  


  

読まれた・・・・・・!!
  


  

私が、誘いに乗る女だと見透かされた。 
そして男は巧妙にその罠を避けた。

あの微笑みは、私に対する嘲りの笑い?
それとも憐憫?
それとも、精一杯着飾り美しくなるための努力をした私なのに
周囲の女性と比べて劣るの?
 

屈辱感は携帯からも感じられる。
もしかしたらここに着いて私は5分も居ないのかもしれない。
けれども、根が生えたようにここから動けない。

なぜって、スタートを発する号令を、誰も私にくれないから。
     

 
足元から揺らぐような錯覚に襲われ、膝ががくがくしてくる。
それは身体全体に広がって、そのまま意識を失いそうな
遠くからの酩酊が私の身体を支配しそうになる。


今日は私の誕生日、そんなもったいないこと、できるはずがない。

 
震える手で煙草を取り出し、火をつける。
周囲には悟られぬ私の動揺は、誰にも伝えることがない代わりに
自分で抑えなければいけない。
手持ち無沙汰な時間、間を持たせるための必死さを 
紫煙と人待ち顔で覆い隠して、演技し続けるために。

 
通り過ぎようとした男が、私の行動を見て立ち止まる。
つかず離れずの距離、
声をかける気はないとはっきりわかるその遠さ。


石垣に身体を預け、胸元から煙草のパッケージを取り出す。
自販機ではあまり見かけない外国の煙草。
火をつけた瞬間、香ばしい強い葉の香りが煙とともに漂ってくる。
口元にくわえ、軽く目を伏せながら深く吸い込むその横顔を
私は首を動かすことなく、横目で見ることができた。


何なんだろう。
どうしてこの男は私を避けながら、それなのにここで一服する?


先ほどまでのにやけた顔は姿を消し 
ただひたすら目を奪われる厳しい横顔
たくさんの人に囲まれながら、
目をそらしたとたん霧散しそうな、気配を消した男。
      



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