no.27 歌舞伎町(2/7)


ムキになってそれぞれのホストに催促の長文メールを作り
送信している間に、タクシーの車窓から都庁が見えてくる。 

定宿にしているホテルに横付けし、
荷物もフロントまで運転手に運ばせる。
 
人をアゴで使えるって、キモチイイ。  
敬語を使わないでいいって、何て楽なの。 


教壇に立ち、若い子たちの視線を一身に浴びながら
「可もなく不可もない」そんな教師でいる自分。
実家に帰れば、親の顔を直視することの出来ない自分。
そのくせ、団欒と人は言うだろう、食卓での”日報提出”。
楽しかったことや面白かったことの7割は創作だ。
 
  

No.3341、3棟あるうちの、3階の41号室、か・・・。 
視界の両端に壁がそそり立つ
ビジネスホテルのシングルルームは、細長く息苦しい。
備え付けのポットで湯を沸かしつつ、
東京に入ってから初めての電話を両親に入れる。 

  
『あ、おかあさん?うん、今ホテルにつきました。
 明日の会合があるから幕張に移動したの。うん。
 ビックサイト…じゃなくて、メッセ。うん。
 明日は午後にはこっちを出るから、夕ご飯は食べるよ。
 何?んー…んー…さっぱりしたもんがいい。』  


『あ、それでね、これから都の教職員の人が、良かったら
 打ち上げありますから、ご一緒にどうぞって誘ってくれたの。
 だから一緒にご飯食べてきます。お酒?そんなに出ないよ。
 どうも会場がホテルの地下にあるレストランみたいだから、
 電波入らないかも。でも心配しないで。
 夜遅くなるかもしれないから、部屋戻って寝る前には
 メールするから。うん。』
  
 
これで、深夜までの、私の自由は確保された。
そのための嘘なんて嘘じゃない。
みんなが安心するなら、それが一番リアルな現実になる。
だから、これからの私は、私じゃない。


化粧鏡がついた机の前に
ティーバックを入れたカップを置き、眼鏡を外す。
バスルームに立ち、ソフトコンタクトを入れる。
コンビニで買ったグロスを口紅の上に塗りたくってから
同じように震える声で指定した
1mgの女性向けのピンクの煙草と100円ライターを手に持ち、
机に向かって座る。


吸いなれていない人間でも
深く吸い込むことが出来る、お手軽な煙草。
薄っぺらい私に、細すぎるその頼りない煙草は、丁度いい。
この煙草を一箱吸いきる時、私はまた日常に戻らなくてはならない。

札束が減ることには何も戸惑いは無いのに、
煙草を一本吸っただけで、このピンクの箱が空になることが怖い。 
20本分のカウントダウン。
その始めの1本が今、静かに燃え始めた。

好きで吸うのでも無い。
この1日だけ、吸う煙草。
悪いとされることを一通りやる、ただそれだけ。
 
音楽も流さず、窓も開けず、
ただ一人、静寂の中で、メールの着信チェックをはじめながら
紫煙が漂うのを見ていた。

    
 




  
新宿の街は、独特の空気が満ちている。
一人の人間でも、一人には見えない。
たくさん居ても、そこに纏わり着くような人間関係が見えない。
魂を抜かれた歪な人形でも、生きている限りは存在を許される。


誰一人とも連絡がつかないまま、ひたすらメールを打ちまくる。
4人全員に電話をかける。

 
WaTのウエンツくん似の子は21歳。私が初めてのフリー客だった。
今では店のナンバー2を取っている。一番のお気に入り。
 
V6の森田くん似の子は23歳。店の写真で決めた。
冷たそうな顔の割りに、ノリのいい、あったかい子。
ウエンツに振られたら彼にしようと思ってる。
  
CHEMISTRYの川畑くん似の子も23歳。
最初は朴訥な話ベタだったけど
会うたびにどんどん洗練されてくる。メールに全然返事くれない。

韓流が盛り上がる前から、
「わあ、笑顔がペ・ヨンジュン」と思った眼鏡くんは、25歳。
落ち着いてきて、そろそろ引退って言い始めてる。
もしかしたら店出すかもって話だから、
そうしたらホストクラブは止めて彼のお店で一晩中飲むのもいいな。

    
みんな若くて、かっこよくて、
どこか私のお気に入りの生徒に似ている。
もしかしたらお気に入りになる生徒が
ホストくんたちに似ているのかもしれないけれど、
そんなのどうでもいい。


不細工で気の利かない男なんて嫌だ。
私がこれだけ綺麗になるために、がんばっているんだから
それにふさわしい男しかそばに居てほしくない。
 
なのに、誰も連絡がつかない。何で?
全員の留守電に「同伴してくれるなら連絡返して!」と
叫ぶように吹き込んで叩き切る。


イライラしながら、そろそろ日の傾き始める街に出ることに決めた。
いいもん。
もしナンパされたら、そのまま、ついていくことにしよう。


少し高すぎたハイヒールに、身体のバランスを崩しながら
それでも背筋を伸ばし、胸を張って、
親には一度も見せた事の無い、
桃色のリボンが大きく背にあしらわれた
スプリングコートを引っ掛けてホテルを出た。
      


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