no.27 歌舞伎町(1/7)

Room No.3341 (3341号室)


朝10時、東京駅着。
始発で家を出て、既に15件目の、親からの着信・メール。

この日、休むために、教科対策、受け持ち学級の生徒チェック、
職員会議、教職員連絡会、すべてを事前に準備してきた。
睡眠時間も、使うお金も、切り詰めて、がんばって走ってきた。

今日は私の誕生日。

たったひとりの、そして1年に1度の七夕のようなもの。
新幹線に乗った途端、そのあまりの開放感に一瞬で睡魔が訪れた。
自分のベッドに寝ても寝返りを打ち続け、浅い眠りに
満足は得られ無い数ヶ月だったというのに。

”連絡が無いけど大丈夫なの?”母からのメール。
『電話を寄越しなさい』父からの留守電。
”研修先では何時間連絡がつかなくなるんだ?”父からのメール。

うるさい。

もう30歳にもなるのに、もう職も持つのに、
イイ子の仮面を被り続け、親の期待通りに生きてきたら
いつのまにか、暗い牢獄のなかにいた。 


仮面を厚塗りするための嘘は、もう嘘とも思えないほどに
流暢に口から、手先から放たれる。
そのための雑学やタウン情報、駅の時刻表、架空の友人、
自分が嘘を言っているのにも自覚できないほどに
親のためだけに作られる、私の「よく出来た娘像」。

これで3年目。
こうやってたった一人の誕生日を、自分で祝うために
東京に泊まりで遊びにくるようになったのは。

それでもイイ子は指を10本使い、数秒で物語を綴る。

『今、東京駅についた。新幹線で寝ちゃった。終点でよかった。
これから有明へ移動します。』

向かう先は青山。
雑誌とネットでチェックしていた、
完全予約制の、あるブランドのエステティックサロン。
芸能人も通うと書かれていたその場所に、
眼鏡をかけ、擦り切れたセーターと色褪せた黒ズボンを履いた私は
旅行カバンと共に、よれよれとたどり着く。

4時間半をかけて、アロマテラピーを受けながら
ボディトリートメント、フェイスマッサージ、ローズバス、
ネイルアート、カット、ヘアートリートメント、ヘアセット
そして、メイクアップを受ける。

通販で散々悩んで買った、胸の大きく開いた黒いワンピース。
カタログでモデルが履いていた、8cmハイヒールも一緒に買った。
地元では絶対に着ることの無い、扇情的なデザイン。


姿見を見れば、そこには違う私。
何にも縛られない、自由な、女の、私。


財布に入らなかった札束の帯封を、鮮やかに染まった爪で弾き切る。


この1日に、私が使うお金は、364日の私の節制の結果だ。
私立高校の教師の給料など、たかが知れている。
大きく貯めようと思ったら、日々使う金額をゼロに近づけるしかない。
だから、私は、実家から出ることも出来ない。
実家を出て一人暮らしをすることは、両親から受ける失望と
「嫁入り前の娘なのに何をするのか」という猜疑を切り抜ける
強い意志が必要になる。私には、もうそんな力も、欲求も無い。


手を切りそうなほど、綺麗に整えられた札束から
何枚かを数えて渡す時、私は背筋から気持ちよさを感じる。 
枚数が少なくなることを恐れることなく、
きちんとした対価を支払い、自分自身の欲を満たし快楽を貪る、
これ以上の幸せがあるだろうか?


東京はいい街だ。
誰も私を知らず、誰も私に興味を持たず、
誰もわたしのすることを咎めない。


『会場に着いたら連絡するように言ったはずだが、
 何か事故にでもあっているのか?』怖い声。
”お父さんがとても心配しています。連絡を入れて下さい。”

 心配という名の、強制命令。


『時間が間に合わなかったのですぐにカンファレンス入りました。』
『次の研修は講演みたい。質疑応答まで聞くから、2時間かな。』  

  
青山から新宿へ移動する。
もちろん着飾ったのだから、タクシーに決まってる。
目の前で跳ね上がるメーターの赤い数字。
東京以外の街では、平常ではいられない、はずなのに
全く気にならないし、早いスピードで数字が増加するたびに
誇らしげな気分すらしてくる。 


今、私には彼氏が4人居る。

 
…彼氏と思っているのは私だけかもしれない。
だって、男たちは皆、それぞれ違う店の歌舞伎町のホストだから。 
でも、私は1年に1度しかこない、
けれど来店する時は大盤振る舞いをする上客のはず。
 

『やっほーーーっ! 今晩行くから同伴してあ・げ・る!!
 (こんなのキミにだけなんだからなっ(●`ε´●)
  だから無視とか無しだよ!)
 スタートから行くから、1時間前に会いたいな? (ё_ё)♪
 ごはんなににしよっか?』


全員に同じ文面で送ったけれど、
返事は誰からも来ていなかった。     


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