目の前に浮かぶ顔。
閉じられた眼。
月光に照らされ浮かび上がる睫毛の白き陰影。
デスマスクのように動かない。
否、唇の微かな震えが女の息を伝える。
伸びやかな四肢が離れていても温もりを差し出す。
貴方のものよ、と音にならぬ叫びを聞き取る。
柔らかに手を満たすであろう乳房の重み、
抱き寄せるに快いであろう腰のしなり、
華やかに咲き誇る花芯の香りまでが漂ってきそうな幻惑、
許される境界線は限りなく無。
未だ逡巡している。
彼女には見えない。
想いを果たせばその先にある幻滅と失望に戦う日々が来るかもしれないことを。
ささやかな期待が毎日を色鮮やかにする。
幾度も彼女を失望させてきた。自身への失望に転嫁させないために。
だから今回も立ち去れば良い。
暖かな布団に包ませ、眠りの使者サンドマンを呼べば良い。
悦びを与えないことが、恍惚を共有しないことが、自分達のためであると信じて。
「リョウ…もう、このままは、いやだ…よ…アイツの痕なんか、残したく、ない…」
白い光の中で闇を見つめているのであろう彼女のまなじりに、流れる一筋の涙。
精一杯の、懇願。
服従の強制力を持つ命令にいまや等しい。
ベッドの縁に腰をかけ、彼女に寄り添う。
差し出す指は刃の切先か銃口に似ていると思う。
そっと涙を拭い、そのまま冷たい頬に当てる。
己の手に許されることの無い、安寧を彼女には届けられるようにと。
何故こうなったのか。
どうしてこんな風になったのか。
何人たりとて彼女に危害を加えさせないと誓ったあの日から
こんなことが起きるかもしれないと何度も考えては飛沫を打ち消した。
彼女が味わった恐怖は、俺の決断の先送りが招いた結果。
そして償うには、道は一つしかなく、その先に何があるのかを知るのが怖い。
無敵だと言われた裏側にある過敏な臆病すらも、なりを潜めている。
愛する者と繋がる勇気を酒に求めることすらも、出来ない。
無言を容認と受け取ったのであろう、彼女は手を差し伸べる。
天空に向けて。
この手を握る事を許されているのは、ただ俺一人。
遅すぎると言われることを承知で、いま、彼女の海に溺れる事を決めた。
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続きます。
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