albums (8/21)
手を触れるにも、中身を見るのにも、
自分にとって難易度の高くなさそうなものから、
見回して選択することにする。
所在無さげに立ちすくむ香螢ちゃんに
ごみ袋、の意味を説明し、台所に向かわせて探させる。
これから彼女が生活していく場所なのだから
掃除をすることも含めて、まずは彼女がこの場所を
お客さんではなく、住む者として知る必要がある。
机周りは文具やパソコンなどが置いてあり、
香螢ちゃんがそのまま使えるものだろうと判断して放置した。
そこで彼女が何を見つけるにしても、それは母親の一部だろう。
化粧台の上にある乳液は既に分離し、
クリームも油が浮いている。恐らく、口紅も同様。
年齢も違うし、もう使えないだろうし、
これらは全て廃棄することに決める。
自分の呼吸の音が耳で大きく響く。
思っている以上に、この作業は私にとっても辛いのだと分かる。
改めて手を腰に当て、虚空に向かい、ガッツポーズをする。
キツいときこそ、ばかみたいでも、気合、ってね!
がんばれ!冴子!おぅ!
とは言っても、几帳面で綺麗好きな香さんだったから
さほど、モノが溢れていたわけではない。
衣服にしても、下着類はともかくとして
いずれ、香螢ちゃんが着れるような
プレーンで着回しの利くものばかりがクローゼットに並んでいる。
これに袖を通す香螢ちゃんを見たとき、
私が動揺しないとは、今は言い切れない。
けれど、それと彼女がこれらの香さんの衣服をどう扱うかは、
また別の話だ。
・・・んっ?
は、ハンマー、見つけた!
うわぁ・・・こんなところに隠してあったのねえ・・・。
香さん、私がこれを貰うのと、香螢ちゃんがリョウに使うのと
どちらが良いと思っているかしら・・・?
ベッドには、軽く埃が積もったままだった。
香螢ちゃんがこの数日カバーの上で、
しかも端にひっそりと身体を固定して寝ていたのが分かる。
まだまだこれから、
彼女も受け入れなくてはならないことが多すぎる。
唇をぐっとかみ締めて、ベッドカバーを剥ぎ取る。
空間に舞い上がる埃が光を反射してきらきらと光る。
驚いたことに、1年も経つのに
シーツの糊はぴしりと生地を保たせ
フローラルの柔軟剤のフレグランスがふわりと鼻先に届く。
突如、ぐらりと目の前のものの形の輪郭が歪んだ。
この匂いは、槇村からもうっすらと香っていた。
ワイシャツのプレスライン
下に着ていたTシャツ
衣服を纏ったまま抱きしめられた時
香水の意匠ではない、立ち昇ったものはこの匂いだった。
香さん
あなたは確かに、槇村の妹だった。
槇村の生活に、あなたは不可欠の人だった。
そしてあなたは、お気に入りのものを変えることなく
ずっと使い続けてリョウとの生活を過ごしていたのね。
カバーをきつく握り締めたまま、動けなくなる。
頬に水気を感じる。
その時私は、香さんが居なくなってはじめて
自分が泣いていることに気がついた。
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