albums (7/21)
香螢ちゃんをスーパーへ伴い、物の購買に対する常識が
どこまであるのかを確かめる。
対価として金銭を払うことは可能。それは知ってるのね。
・・・でも、お値引き品と今日のおすすめ、を選ぶ知識は無し!
そうよねえ。製造年月日なんて、確かめないわよねえ。
「はじめて、キャッツで暖かい食事、した」
ぼそりと彼女が言う。
「・・・どうだったかしら?」
「・・・おいしい、ってこと、わかった」
「If you have some difficult to speak,
you can speak whatever language you want.」
(もしも話しづらいようなら、好きな言語で話していいのよ。)
「I want live in here, with Ryo-papa,
so I definitely want speak Japanese…」
(リョウパーパと、ここで過ごしたい。
だから日本語で話したい…)
「Okey, I see.(わかったわ)
ご飯の作り方もおしえてあげる。あたたかいと、おいしい。
今はこれだけでも十分ね」
すたすたと確実な足取りで動く香螢ちゃんの後を追い、
私が入れなかったあの部屋へと向かう。
思い入れの無いただの動作として、
香さんの部屋に踏み込む香螢ちゃんの足取り。
だがそこで彼女はぴたりと息を止め
その次の一歩を踏み出そうとはしない。
部屋の中を見つめ、冷たい横顔を私に見せる。
たかだか数日、数時間、
人が居ただけでは循環しない、長い時を孕む、澱んだ空気。
香さんの気配がまだ残る。
目線が刺さる全ての場所に、彼女の息吹。
香螢ちゃんが何を感じているのかは定かではない。
けれども、彼女の逡巡は十分に伝わった。
この子は50人もの命の十字架を背負っている。
背負う重さの分、自分が「生きている」と思うだけでも、
これからのこの子の内面は揺れ動くことだろう。
私の持つ現状への憤りと、
彼女の過去の痛恨を簡単に天秤にかけることは出来ない。
だからこそ、これから先は、個人的なわだかまりがあっても
それを彼女に悟られることは、
リョウが全てを受け入れて養女にすると決めた以上、
絶対に避けなければならない。
私を恋人と間違えた彼女、
でもリョウは香マーマのもの、と言い切った彼女。
幼い娘が必死に父母を守る、その言葉を私に伝えた時点で
彼女も彼らの娘として生きたいと望んでいるのだから。
ここで、折れてはいけない。
リョウが私に頼んだこと。
苦しい感情と真っ直ぐな決意が混在しても、時は停止せず、
日々は確実に明日へと動き出している。
それはリョウとて同じこと。
シティーハンターを香螢ちゃんと再開すると宣言したあの日から。
食べて、稼いで、生活していかなくてはならない。
私たちはみな、生きている。
リョウが過ぎ去った日々の残像に目を背けることは卑怯と同じ。
わたしはそれを全部引き受ける。
香さんの不在をひとつひとつ確認することで
私はリョウの卑怯を真っ当になじることの出来る、
たった一人の人間になる。
深呼吸をひとつ。
「…しゃ、香螢ちゃん、換気はしなかったの?」
「カンキ?何のことだ?the joy?」
「そ れ ま ち が っ て る わ」
このことよ、といいながらカーテンと窓を思い切り引き開け、
まぶしい明かりと外の空気を引き入れる。
部屋に満ちる光、数々の色、ものの形。
一瞬目がくらみ、再びゆっくりと瞼を開けてみれば
目の前に彼女の幻影が見える。
デスクに向かい、椅子に香さんが座っている。
”冴子さん!メール使えるようになったの!今はすごいねえ!
これ、アドレス。もし急用の用事とか依頼があったら、やっぱ
電話がいいんだけど、えへへ。一日一回見れたらいいほうだから。”
曲線が可愛らしい、果物の名前を冠したパソコンが
彼女の柔らかさとなって思い返される。
ここで彼女はパソコンを相手に四苦八苦していたのだろう。
キーボードに手を寄せる。
香さん・・・。
いつの間にか息を止めている自分が居る。
苦しいのはそのせい。
胸が痛いのはこの部屋に1年以上ぶりに入った、緊張のせい。
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