albums (6/21)
香さんの部屋で寝泊まりしている、香さんの心臓を持つ女の子。
感情を揺さぶられる動揺は
私の職業上の訓練によって、かろうじて喫水線上で留まっている。
零れ落ちるには、後、一滴の何かがあれば良い。
それでも、この子に何の責任は無い。
彼女が生き抜くための環境が、特殊だった。
殺人をさせられていた彼女自身が、自殺を図ったことが、
香さんと彼女を結んだことを考えれば
まだ、彼女は 「ひと」 に戻れる。
奇跡の適合率が、香さんと彼女の定められた縁だとしたら。
私の抱いている孤独や葛藤を超えて、
男親としても自覚どころか、とんでもないことをしでかす
気の利かないヤツの手助けとして、
私は彼女にしてあげられることがあるかもしれない。
既に溜まり場と化している喫茶店では
新しくサブとして雇われた信宏くんが居る。
彼にはファルコンが渋々ながらも
結果的にしっかりとサポートをしている。
「ひと」に戻るレッスンを、既に彼は始めている。
思いっきり体育会系の、ドつき漫才のようなやり取りを通じて、
彼の接客を通じた、人との関わりのマナーの吸収の早さに驚く。
元々からして能力の高い子たちだったのだと思い至る。
(少年少女のあどけない顔つきのまま
人を殺すための英才教育を勝ち抜いてきたエリートだと…)
二人の可能性と、突如開けた未来の選択肢。
真っ当な職を望むことは出来ないにせよ、
彼らが以前居た世界では考えられないような幅の広がりが
私たちと過ごすことで、彼らの前に待っている。
道の定まった私ですら、
驚くほどの上向きな気持ちを貰っていることに、
目をそむけることは出来なかった。
以前より足繁く通うようになったキャッツには
1年前には想像もつかなかったような
賑やかで、暖かい空気が満ちている。
若い素直な子たちの声が満ちる空間は
自分の学生時代にタイムトリップしたような錯覚に陥る。
阿香(アシャン)と周囲が呼ぶのを聞いて、
香螢(シャンイン)が本名なのに、と訝しがると
「香(シャン)ちゃん」という愛称なのだと
信宏くんが教えてくれた。
・・・こうして私たちの香さんはすりかえられてしまうの・・・?
ちくり、と何かが私を刺激するが、
それを口に出すことは大人気ない、と判断させられてしまう。
そして彼女がキャッツか玄武門でしか、
まだ食事を摂っていないと聞いて
悠長にカウンターで新聞を読むリョウに言う。
(これも、1年ぶりの彼の姿だと思えば
自分の気持ちから出る腹立たしさより、安堵が先立つわ)
「リョーウー!!あんた、結局香さんに
全部任せてたからこうなるのよ!
どうせどちらもツケがきくと思って、甘えてるんでしょう?
あんた、自炊って概念を香螢ちゃんに教えたらどうなの!」
肩をオーバーに上下に持ち上げて、
そんなときだけ言葉の通じぬ
外国からの来訪者の素振りをするリョウ。
んもう!あんたがそんなだから、目が離せないんじゃないの!
・・・わかったわよ、私が教えろって言うことなんでしょう。
そんな時だけ、
リョウはまっすぐに私の瞳を捉えて、意思を強く伝えてくる。
そして、私も、それを読むことに長けている。
決めたことを口に出すのと同じくらい、
誰かにモノを頼むことに慣れていない男の、
言葉にならないXYZ。
それをすくい上げられるのは、きっと私だけ。
光を失った分、気配を読むことに敏いファルコンは、
黙って私たちの間に交わされる無言の絆を
サングラスを通して見ていたことだろう。
ファルコン、それが見えるあなたも、同類。
やっと、彼が、仲間を欲する時がやってきた。
「・・・あそこにいると、時折いたたまれない気持ちになる、
私は此処に居ていいのか、と言われたんだよ」
リョウが聞き取れぬ程の小声で言う。
その声音の細さに、彼自身の戸惑いが伝わってくる。
取り残された男は
彼女が残したもの一つにも、まだ触れぬことが出来ずに居る。
最も香さんの思い出を薫り立たせる遺品の整理をも、
あなたが頼むことで
強さを演じている私にまたひとつ、圧力が加わる。
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