albums(2/21)
あの日、
信じられないような一報をリョウから受けて
目前が暗くなるのを自覚した。
しかし、私の気力は理性を叩き起こし、
心のどこかが凍りついたまま、事故処理の手配に取り掛かった。
ドナー登録者だったため、即座に移植コーディネーターが動き
マッチング適合の可能性のある患者が待つ病院へ
輸送中の彼女を襲った事件によって、彼女は生を確実に絶たれた。
更にその事実は報道により、彼女を知る新宿中の人間に
漏れなく伝わることになった。
あの日、
歌舞伎町内監視カメラに写る人々の顔のなかに
見知った者の姿を何人も見かけた。
そのどれもが驚愕と蒼白に彩られ、中には膝から屑折れる者も居た。
知らせを聞いて、嗚咽を漏らせるのなら、そうしたい。
天を呪い、かけがえの無いものを共有する人が
目前に控えていた至福のひと時、
その人の浮かべる微笑を見て、私も抱くであっただろう、
ささやかな幸福のかけらですら、
なぜ私から奪うのかと絶叫したい。
けれど、私には立ち止まることは出来ない。
冷静さを崩さず、一つの所轄を取り仕切る重責を背負う者として
どんなときでも感情を出すことは許されない。
戸籍の無い彼が表立つのも、事が騒がしくなるため
その後の全てを私が取り仕切った。
公然ではなかったにせよ、周知だった槇村との関係で
私は”義理の妹”の荼毘をも見送ることになった。
悲しむには時間が足りず
息をつく間も無いほど、猛烈に襲い掛かる多忙な毎日。
強奪事件の犯人が「仕立てられている」と
直感したのは私だけではない。
だが、名目上の解決を図り、周囲を時間と共に慰撫することが
目下の私のすべきことだった。
警視庁との所轄連携報告会議、
国賓警備における関係省庁との各会議、
頻発事件に関わる報告書類の閲覧…
多忙の内容の枚挙にすら、暇が無い自分の生活の中で、
休日となれば最も重要なものは、睡眠。
その次には、掃除、洗濯、クリーニング出しに引き取り、
一週間程度日持ちのする常備菜を準備するための買い物と、
自分を保つために行うことが優先となる。
そんなに家に居るわけではないから、
さほど時間がかかることではないにしても
ご飯だって、ちゃんと食べたい。
せめて休日や家に居るときくらい、
ホッとできるような、小鉢のおかずを口にしたい。
綺麗な場所で休みたい。
何も考えずに心地よいシーツで眠りたい。
それをしなければ、自分のどこかが、
「ひと」としてのどこかが、擦り切れてしまうから。
切れそうな精神の糸を必死に保つ努力をして
自分をきちんと立たせなければ
その当時のリョウの家に向かうこと、
彼の様子を見届けに行くこと、
闇と絶望と自暴自棄が支配するその場所へ
足を踏み出すことも出来なかった。
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