albums (16/21)



”冴子、明日お前は何をするんだ?”


「え?貴方、明日休暇取ったの?何時申請出したのよ?
もし貴方が外回りできないようなら、ためちゃってた書類とか
とりあえず片付けようかしらね。あー、思い出した。
会計課にも申請しなきゃならないものがあるし、それからそれから
内密らしいけど、特別捜査幹部研修所に行かないかって話があるの。
上司ときちんと一度話しをしないとって思っているんだけど、
貴方には打診あった?」


”・・・そうか、変なことを聞いてスマンな”


「・・・何かあったの?アイツとのこと?香さん?大丈夫?」


”んっ、あー・・・。実は、香がお前に相談したいことがあるらしいんだ”


「そう?じゃあ、明日は私も早めに切り上げるから、
夕飯ご一緒しましょって伝えてくれる?」


”ああ、そうだな。悪いがウチに来てもらえるか?
 何時でも良いから”


「わかったわ。じゃ、シュッショ、いやぁね、ふふ。
 出れるときに電話するわ」


”おう、シャバで待ってるからな”



隣の机の上を手早く整頓し、退署の準備をする槇村。
もう夏だというのに、
コートを手放そうとしない彼の後姿をチラリと見送る。
勤務時間外の拳銃携帯。ばれちゃうわよ。
今度、薄手の麻かなにかのジャケットを贈ろうかな。

相談とは何かしら、私の助言が必要なことだとしたら・・・?
恋か、女性特有の身体の不調についての不安かしら。
前者だったらある意味とってもうれしいけれど、
後者だったら少し準備しないと。


そんな風に想像に耽ったのも束の間、
今日すべきことが嵐のごとく訪れ、目前に迫る波を乗りこなして
時計の針が翌日となっても、私は家に戻ることが出来なかった。


数時間の仮眠を署内で取る。
それでも基礎化粧のパッティングには時間をかけ、
身だしなみを整え、口紅をびしりと引き直す。


電話応対や呼び出しによって署内を駆け回り、
食事を摂る時間も満足に割くことの出来ない状態。
それでも奇跡のように雑事が片付き、どうにかこれで
一夜をゆっくり過ごせるだろうと時計を見上げると、午後8時。


「ああ、香さん?冴子です。遅くなってごめんなさい。
 これから署を出るから、1時間後くらいには着けるわ。
 よろしくね」


私たち3人とも、お酒はイケる口だし、私も明日は公休日。
よーし、奮発してお土産はモルトウイスキーにしようかしら。
酒屋に立ち寄り、乾き物も仕入れて、槇村兄妹の家に向かった。


楓荘に着くと、妙にざわざわとした気配が取り巻いている。
2階の彼らの部屋には灯りが点され、
窓には複数の人影が動いている。
ゆっくりと、ヒールの音を立て、階段を上っていくと



”…しぃーっ”
”ちょっと、痛い、押さないで”
”もう、ひっぱっていいの?いいの?”



当人たちは抑えているつもりでも、丸 聞 こ え よ。
そんな声が聞こえてくる。


何かしら?
頭の中に浮かんだ疑問符はとりあえず横に、ノックをする。


”冴子さん?どうぞー!” 明るく響く香さんの声。


はーい、こんばんはーと
部屋に入った私の声が、
自分で聞こえないほどのたくさんの人の大声で



おたんじょうびおめでとう!!!!



パンパンと放たれる複数の破裂音と舞い散る紙吹雪。
蒸し暑い夜の空気が、更に人いきれで熱され
部屋でフル回転している扇風機は
全くその役目を果たしていなかった。
汗をかきながら、ひっそりと主役を待っていた彼ら。


槇村、香さん、ファルコンやドク、
私の行きつけの歌舞伎町飲み屋街の店主やおねえさんたち。
部屋の隅には、むっつりと黙ってはいるもののリョウの姿もある。
信じられないほどの数の人間が、狭いアパートの部屋に居た。



豆鉄砲で打たれた、などと
不意打ちを形容して言うけれど、私のそれはクラッカー鉄砲だった。


”・・・おまえ、忘れてたんだろ、自分の誕生日。おめでとう。”


”アニキがぶつぶつ、どうしようって言うから、
 冴子さん忙しいし、みんなで集まって
 まとめてお祝いしちゃおうって
 そうあたしが決めちゃったの。迷惑じゃなかった?”



驚きで上手く言葉が出なかった。
短冊に切った折り紙の輪をつなげて作られた壁飾り、
薄いちり紙で作られたピンクの花が部屋中に飾られた部屋。
”子どもっぽいが、まあ付き合ってやってくれ”と
槇村に耳元で囁かれる。


車座になって小さな座卓の前に誘われれば、部屋は既に超満員。


ファルコンなど、
両側に座っている異国のおねえさんから「Don't push me!」。
散々言われて、大きな身体をこれ以上ないほど縮めて体育すわり。


手荷物を奪われ、土産・・・と言う前に、
ばんばん目の前に料理が運ばれてくる。
そのどれもが彩りを考えられた手作りの品々。
槇村と香さんが、台所で並んで作ったであろう
あたたかい煮物やサラダ、揚げ物におにぎりが並んでいく。




「うるせえ!」と下の部屋の住人が怒鳴れば
その3倍の声で「黙ってろ!」と店主たちが声を揃えて叫ぶ。
誰かが上機嫌で歌い出せば、調子はずれの音程で皆が叫びだす。


散々飲んで笑って、目の前の食べ物は瞬時に消滅する。
あっという間に酔いつぶれる者も居れば、
店へ顔を出さねばと辞す者たち。
夜が更けていくにつれ、ゆっくりと静寂が戻ってくる。


皆が使った食器類を片付け、
台所で洗い物をしている香さんに話しかけた。


「ねえ?相談って、あれ、口実だった?」


”あ!やっぱりバレちゃうよね、アニキ、うそつくの下手だから”


「楽しかったわ、ありがとう」


”冴子さんのお祝い、私もどうしてもやりたかったから。
 どうする?今日は泊まっていく?”


「いいえ、悪いから帰るわ。二人とも今日、凄く忙しかったでしょう?」


”準備もすっごく面白かったのよ!
 あのちり紙のお花、冴子に似合うって
 全部アニキが作ったんだよ。
 近くで見るとすっごくヘッタクソ。ふふ。”


「・・・ひとつ、貰って帰っていいかしら?」


”全部持って帰ってよぉ!結局は捨てちゃうだけだし、
 冴子さんの迷惑にならなかったらだけど。あ、そだ。
 リョウ!おまえ、冴子さんを送って帰れ!”


「んぁあ?へいへい。了解ですよ」





得体のしれない男。
槇村がパートナーとした、裏社会で生きる男。
何を話して良いか分からない。


口を開けば祝われた楽しい気持ちが、
霧散してしまいそうな気がして
槇村を危険に晒すな、と言いたい思いを喉元で止める。


深夜というよりは、夜明けを目前とした時間。
コツコツと響く私のヒールの音。
耳を澄ましても、彼の足音は聞こえない。
隣で歩くこの男を、じっと凝視していなければ
すぐに消えてしまうかのように。



「・・・あいつらさ、凄いよな。
 あんたなら、オレの言いたい意味、分かるよな」



リョウと初めてまともに交わした言葉は、
槇村兄妹のことだった。
彼が感じているものを、私も感じている。今は、それでいい。



私の手には、一杯のちり紙で出来たピンクの花束と
天空に満ちる、朝焼けの、赤。





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