albums (14/21)


黙って首を横に振ることで、香螢ちゃんは
自分の拠所が、香さんの人生に登場してきたことを悟る。


槇村の誕生日祝い。
香さんの手作りだろう、紙の帽子をかぶっている。
夜なのにフラッシュが焚かれなかったのか、
全体的に黒く重く仕上がっている。
けれど、うっすらと光源に彩られた
香さんと槇村の笑顔が喜びを示す。


香さんの誕生日。
ケーキの写真から、その日皆で食べたであろう料理の写真、
飾りつけからプレゼントのひとつひとつまでが残されている。
机の上には、3人分の皿やコップが並べられていた。


どこかに行ったときのものであろう、旅行の写真・・・


きちんと並べられた写真たち。
横にあるコメントで、私たちは彼女の物語を再び辿る。



槇村にとって、香さんは
人生の中で最も長い間、時間を共有した人。
血縁こそ繋がりが無かった彼女の成長を、最も喜び、ケアした人。


では、私は彼にとって、どんな存在だったのかしら。


槇村は自分の気持ちを吐露することが、極端に苦手だった。
人のことならいくらでも語れる彼の
その口からすらすらと出てくる香さんの様子を知り、
思い入れの深さの端々を会話から感じるたび、私は苛ついた。


同僚の妹として顔を見合わせていた香さんに
幾ばくかの、女としての嫉妬心が無かったといえば、嘘になる。


それでも
私の日常の、近くも無く、遠くも無い
かたわらに、居て欲しかった。
槇村兄妹に、
ことばで、態度で、心を落ち着かせてもらえる、
私自身がそこに居てもいいと感じられる答えが欲しかった。






2冊目の最後のページには、
新宿副都心にある、虹の橋を撮った写真と
槇村の葬儀に集まった、参列者の写真があった。


俯瞰して撮られた、その写真の横に、
弔意記帳が一枚ずつスクラップされていた。
「済」と香さんの字で書かれたそれは
恐らく参列御礼状郵送のチェック。


彼を慕う人を、香さんは忘れたくなかったのだろう。


香螢ちゃんが虹の橋の写真を凝視している。
彼女にとって、新宿の一景色に過ぎないだろうに、
何か深い感慨を持って、静かな眼差しを注いでいる。


そこで何が起こったのかを説明することも出来たけれど、
言葉を発するのも億劫なほど、
私は過去に流されすぎてしまっていた。





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