albums (11/21)


擦り切れた革表紙、何度も何度もめくられた痕跡がある。
最も古そうなものを差し出して正解だったわ。
最初は白黒が混じる、ピントの合わないものばかり。


ページを大きく繰っていく度に、薫り立つ、古い紙の匂い。




ぷっくりとした頬、きらきらした瞳、紅葉のような手。
香さんの赤ちゃんの頃の写真。


きっと初めて立った時だろう、手をこちらに差し伸べて
今にも泣き出しそうな瞬間を捉えたもの。


ボタンをかけちがえたのかしら?
バランスがおかしい上着を身につけて、
幼稚園の門扉に駆け出していく後姿。
お友達になるであろう、数人の年恰好が同じの子たちも
門扉の奥からこちらを向いて笑っている。


色が満ちた入学式の写真、お父様とのツーショット。
にっこり、指先までぴしりと伸びて、香さんの喜びと緊張が分かる。
槇村、隣の家族までファインダーに入れ込んでるわよ・・・。


運動会、徒競走で1番なのだろう、
首はきれてしまって顔は見えないけれど、
ゴールテープをお腹で切ったのがわかる、斜めになった構図の写真。
飛び上がったり、立っているコース際の子達の顔に
ピントが合っている。


学芸会での劇発表、・・・木に扮しているの?
ちょっと不本意なのかしら?珍しくむっつりとした顔ね。
ああ!身長がやたら伸びてなあ・・・と
槇村が目を細めて言っていたのはこのことだったのね!


遠足向けに作ったお弁当をつまみ食い、発見されて
ごめんなさい、の顔をした香さん。ふふ、証拠写真なのね、これは。





ふと、気がつく。
槇村が居ない。


・・・そうか。この写真を撮ったのは、全て槇村。
カメラに不慣れだった少年時代から、
ずっと槇村は香さんを見つめてきたんだ。


香さんの笑顔も、槇村に向けて一途に光っている。
香さんの一等賞、あなたも本当に嬉しかったのね。
写真としてみれば駄作でも、
その瞬間に感じたあなたの気持ちは、
アルバムに残すに価値あるものだったのでしょう。


几帳面な字で傍に記入されている日付、短いコメント。


大量に即座に記入を済ませなければならず、
訂正印発行に時間がかかるため、間違いを許されない。
そんな署内で書かれる書類の中で覚えていた、槇村の文字。


見慣れた文字だったはずなのに
筆圧、止め、ハネ、ひとつひとつ丁寧に記入されている文字。
あたたかい眼差しまで感じられるよう。



_初登園。服が上手く着せられなかった

_香、やったな!おめでとう!走るの早かった

_背景だって大事

_弁当は昼に食うんだぞ



香螢ちゃんが息をふうっと吐いて私に問いかける。
ここにたくさん写されている、学校とは何か、と。


人が成長するにあたって、必ず通わなくてはならない所。
たくさんの同じ年齢の子たちと共に、
算数や国語といった、基礎知識を得るところ。
学校についての説明、なんて、最後にしたのは何時だったか。


「私の周りの者は、全て敵だった。
 その誰よりも先に、出された課題を習得しなければ、
 私は今、ここに居ることもできなかった」


槇村の書いた”香”という文字をぐっと指差して続けてうめく。


「....in this age, I was just called No.27....」
 (この時期、私は27番とだけ、呼ばれていた…)


ファインダーの中に映る、
切り取られた瞬間を見ている香螢ちゃん。
ファインダー越しの撮影者の姿を、心情を感じている私。


同じアルバムを通して、私の持つ思い出が更に層を増す。
香螢ちゃんにとっては、どうなのだろう。
せり上がってきていた何かが、
隣の香螢ちゃんから聞こえる言葉によって、
すっと元の位置に収まる。





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