albums (10/21)
数冊のアルバムを抱え、リビングに移動する。
暖かい緑茶を美味しく入れるコツを教え、
今度リョウに作って出してみなさいと伝える。
署内で夜勤中、槇村が良く好んで飲んでいた濃い目の緑。
茶柱が見えないほどの深い色。
きっと香さんもそのやり方でリョウに出していたはず。
コーヒーも深煎り、砂糖やミルクはなしで。
不思議なほど槇村の好みにリョウのテイストも一致している。
・・・いいえ、
白紙だったリョウが槇村に寄り添って居たのかもしれない。
詮索するつもりは無いけどね。
私の行動の些細な癖や、やり方に、
槇村や香さんの好みは、
無意識に様々な場面を通じて伝わっている。身にしみている。
共に暮らす、共に時間を過ごす・・・。
ひとは行為を通じてでも、
お互いに影響を及ぼしているのかもしれない。
相手が好きだと思うものを、ただそのように作って出す。
そんな行動の中に、二人は一緒に居るはず。
引き継ぐものは大きいものでなくてもいい。
だから私が香螢ちゃんに伝える方法も、
日常に根付いたものを積み重ねていくことが、大事なはず。
相手を心に宿すとは、ただ思いを馳せるだけでは無いわ。
私が槇村を折々に触れて傍に感じるように、
香螢ちゃんにも、母だという香さんを
もっと強く輪郭づけるために、
様々なことを通して、感じて欲しい。
緑茶を初めて口に含んだ香螢ちゃんの表情は、
それはそれは、とても面白かった。
苦味がよく抽出されてしまう濃い出し方は、
確かに初体験の味としてはびっくりだったかしら?
思わず私が笑ってしまうと、
ほっとしたような顔で香螢ちゃんが言う。
「サエコ、はじめて、私の前で笑った」
あーあ。
出してしまった笑顔に、苦笑いも含まれてしまう。
鋭い子はこれだから苦手よ。
本当に、何でも見ていて、どこからでも吸収をしている。
こちらが意識する以上に、私に拒絶されることにおびえている。
乾いた海綿が水分を含み、
大きく、柔らかく、膨らんでいく様子を目の当たりにして
驚きと楽しさを感じない人は居ないだろう。
いまこの子は、きちんと周りを見つめている。
私を、じっと見ている。試している。
その気持ちに、誠実にこたえたい。
アルバムを開いた瞬間、香螢ちゃんの体が硬直した。
それは先日、洋服を買いに行ったときを思い出させるような
彼女の動揺を鋭く伝える。
「なぜ、こんなに、写真がある?誰がターゲットだ?
望遠で撮ったにしては、ずいぶん距離が短い。
なぜ、レンズに向かって彼らは笑っているんだ?
これは誰だ?
どうしてみんな笑っている?
写真を撮られるのは、絶対に回避するべきなのに。
写真を撮られたと分かったら、相手は抹殺対象なのに」
香螢ちゃんの居た世界の一面が、
ぽろぽろと口から零れ落ちる。
動揺しながらも、見たものへの疑問を
きちんと口に出来るようになった、
それだけでも彼女の成長の早さに驚愕する。
ひとは、子どもが生まれると、
親となり、写真を撮ってその成長を記録するということ
それはいつも、数メートルの範囲から
お互いを認識して撮られているということ
ひとは、何かの折に、特に楽しいことに対して写真を撮り
それを再び見返しては、記憶をより強く保つということ
そんな風にアルバムの写真について説明をすると
香螢ちゃんは即座に言った。
「私には、写真は一枚も無い・・・」
「私には、楽しかったことなど、何も無い・・・
笑うことも、上手く出来ない、どうしたら笑えるんだ・・・」
「私には、誰も居ない・・・パーパとマーマだけ・・・」
「香螢ちゃん、おちついて。さあ、御覧なさい。
何も記憶の無い、あなたが香さんの残した写真を見て、
どう思うかを、教えて?」
全てを記憶しなければ、今にも殺されてしまうかもしれない。
そんな全身のこわばりを伴って
彼女はアルバムの写真を凝視しはじめた。
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