ヒトは慣れていく生き物だ。

喜び・怒り・哀しみ・楽しみ         そして痛み

どんな苦痛も快楽も、時と共に希薄になっていく。

だからこんな気持ちにも徐々に慣れて、いずれは気にもならなくなるもんだ、そう思ってた。



「浮かない顔だな。」



カウンターの向こうで坊主頭の大男がぼそりと呟いた。

俺は「んー。」と生返事をした。

男は何か問いたげだったが、気づかないフリをした。



肉欲、だと始めは思っていた。

いくらガキでも女は女、だから魅かれているのだと。

死んだ相棒の忘れ形見相手にそれはマズい、自分の女にするなんてもっての外だ、

キレイな体のままカタギに戻してやらねばと思い、女としての彼女を否定することで心理的な距離を作ろうとした。

そうすれば彼女は、酷い男だと俺を詰り自発的に去るだろうと考えた。

だが、逃げ出すどころかいくら意地悪くしてもいつも彼女は真正面からぶつかってきた。

いつの頃からかそんな彼女を好ましく思い、ケンカすることで存在を感じて安心感を得ている自分がいた。



通りに面した大きなガラス窓から差し込む日差しは、梅雨入り前だというのに既に夏のそれだ。

キツさを増した真昼の光はあらゆるもののコントラストを強めていて

嘘つきな俺の上っ面と本音の境界をも誤魔化し様が無いほどにくっきりと浮き上がらせた。

自然とため息が漏れた。



「いい加減、腹を括ったらどうだ。」



口に咥えたストローをひょこひょこと動かし弄びつつ、男の方へ視線を遣ると

口元がニヤリと意地悪く笑っていた。

何もかも解っているといった風の、実に気に障る笑顔だ。



「ぅるへーよ、タコ。」大きなお世話だ。



そろそろ限界なんだ、それはわかってる。

時と共に消えるどころか、俺の中に芽生えた感情は確実に成長していて

白とも黒とも付かない彼女との距離に苛立ちさえ覚えている。

誤魔化しはもう、きかないんだ。



       だが



いいのだろうか、思いのままに接してしまっても。

そのせいで彼女は不幸せになったりしないだろうか。

果たして彼女はそれを望んでいるだろうか。



思考はいつまでも堂々巡り、終いにはぶすぶすと燻りだした。



サイフォンに吸い上げられた湯がこぽこぽと音をたてている。

透明な液体が次第に褐色の飲み物に変わっていく様に自分と彼女の未来を重ねて眺めていた。 





 『Loop』 <2006.06.01.>






◇◇アトガキ◇◇

リアルではこんなウジ男には関わりたくないけど
ぐるぐる悩む撩ちんは大好物だ。

♪:high(James Blunt)